「・・・ だから、クライアントに毎日夜まで付き合わされて、ホテルに帰るともう シャワーして寝るって状態だったんだって・・・」

 

 

言いながら、大きなグラスに入ったお水を飲む翔琉

 

グラスを持つ手も、口に運ぶ所作も、全部がかっこよく見えるって私、変なフィルターかかってる?

 

 

「でも・・・ 今日ここに来たってことは、サトミとは連絡をとってた、ってことでしょう?」

 

 

私には既読スルーしてるのに、サトミには返信してたんだ?

って考えるとどうにもムズムズするのよ

 

 

「だってアイツは電話してくんだぞ?出れなくても後でかけなおすだろ」

 

「電話・・・」

 

 

相手の都合なんておかまいなし?

いや、とりあえずかけて、かけなおしを待つパターンか

 

それにしてもー

 

 

「もしかして香子・・・ 妬いてるのか?」

 

 

ドキッ

 

「は?」

 

 

どうしよう、

は?なんて言っちゃったけど ここは素直になるべき?

 

 

「・・なわけないよな」

 

「妬いたけど?」

 

「・・・ マジか」

 

 

ああーーー

やっぱ、言うんじゃなかった

 

 

「そんな引かないでよ」

 

 

激しく後悔

 

 

「いや、引いてないし。むしろ嬉しいし」

 

「え?」

 

 

嬉しいって言った?

むしろ嬉しいって・・・

 

 

「おまえこそ引くな、って。あと、そんな見んな!」

 

 

言うと翔琉はまた、水を飲む

 

 

ゴキュンって

喉仏が動く

 

 

 

少しだけ、唇から零れた水を

ペロリと舌がすくった

 

 

 

えっろ!!!

 

 

 

どうしよう

 

翔琉がかっこいい

 

 

 

あの口唇・・・

 

 

 

 

 

 

やばい・・・

 

さっきから私、 翔琉のこと、すっごくえろい目で見てる

 

いや、むしろ、そんな目でしか見てない

 

 

 

 

私もつられて、水をかきこむように飲んだ

 

ガブガブと

 

が、それがいけなかった

 

 

「ゴブッー・・」

 

 

気管に入った?

鼻にツンッと痛みが走る

 

苦しいっー

 

 

「おいっ、大丈夫かっ?」

 

 

翔琉が驚いて席を立つと

私の横に回り込んで、背中をさすってくれる

 

 

「・・・・ ゆっくり・・ 落ち着いて・・」

 

 

ゼェゼェ・・ ヒィヒィ・・

 

 

「・・・ 大丈夫か?」

 

「・・ん。・・ありがと・・ 落ち着いてきた・・びっくりしたぁ~・・気管に入った・・」

 

「なに慌てて飲んでんだよ。」

 

 

目を細めて苦笑いする翔琉

 

私の背中をさすっていた手が、とんとんって優しく触れる

 

 

 

「うう~~~~・・」

 

 

どうしよ

鼻がやられたから?

水が変なとこ入って涙腺まできた?

 

ぽろぽろと涙が零れ出る

 

 

 

「・・ どうした?どこか痛いのか?」

 

 

 

翔琉・・

どうしてそんなに優しいの?

 

どうしてそんな、心配してくれるの?

 

そんなことされたらね?

 

必死で いい友達でいようって思ってるのにー

 

 

 

 

 

「・・ 翔琉が優しくて困る・・・」

 

 

「は?」

 

 

 

 

どうしよう

 

この涙は私の気持ちが零れてるんだ

 

 

 

涙ってこんなことで出ちゃうんだ?

 

 

 

すぐ横で

私の椅子に手をかけ しゃがみこんだ翔琉が 

心配そうな顔で覗き込むように見上げてくる

 

 

そんなかっこいい顔でこっち見ないでよ

 

それ以上 近づかないでよ

 

 

私はさっきからずっと、ずっとずーーーーーっと

 

翔琉のこと、えっろい目で見てるのにっ

 

 

 

 

「・・・ 翔琉・・」

 

 

「ん? どした?」

 

 

 

 

私は、椅子から身体をずらし

足をテーブルの外に出すと

横にしゃがみ込む翔琉に向き合った

 

 

 

翔琉が一歩だけ、後ずさる

 

 

 

「・・・・ どうしよ」

 

 

「は?」

 

 

 

涙はいつの間にか止まっていた

 

簡単に出るけど、ずっと流れ続けるものではない

うん、よかった

変な武器にしてしまうとこだった

 

 

 

「なんだよ、おまえ、さっきから・・わけわかんねーことばっかー」

「ごめん、帰る。先に!」

 

 

バッグを持って、席を立つと走り出した

 

 

「はぁっ?おいっー 香子っー」

 

 

 

 

 

翔琉が少し後ずさってくれてたおかげで、抜け出せた

 

翔琉がしゃがみこんでくれていたおかげで

先に出れた

 

会計は宮下君に回すって言ってたけど、とりあえず伝票持っていかないといけないよね?

 

なんて店を出てからも、頭が冷静に働いてて

走りながら笑った

 

 

押し付けちゃってごめんね、翔琉

 

 

でも私・・・

 

 

あのままいたら

 

 

やばかったのよぉーーーーーーっ!!

 

 

もう、ここまで・・・

 

ここまで出かかってた

 

 

 

そしたら翔琉・・・

 

・・って

 

 

 

翔琉の返事を考えたら

怖くて

 

一緒にいられなかった

 

 

これがアラサー女の残念なところ?

 

勢いで言っちゃえないのよ、もう

 

 

何も考えないで言っちゃえばよかったでしょ

あんただってまんざらでもないんじゃない?

って気持ちもあるんでしょう?

 

って囁く声も聞こえるし

 

なに考えてんの?

調子に乗ってんじゃないわよ

翔琉は同級生のよしみで親切にしてくれてんのに

告ったりしたら、あんたも普通の女になりさがってしまって

翔琉ともうふたりでおやっさんとこ行くこともできなくなるのよ

 

ってお叱りの声も聞こえるし

 

 

とにかく、ひとつだけわかっていることは

 

 

 

翔琉を

 

今の翔琉とのこの心地いい距離を

 

 

 

失いたくないってことだ

 

 

 

もう会うこともない相手なら

 

当たって砕けちまえーー

なんて勢いもあったかもしれない

 

さっきのとこで言ってた

 

飲み込まないで

 

 

でもなー

 

でもなー

 

 

 

もう苦しいんだよね

 

この想いをこのまま抱えて日々過ごしていくことが

 

 

 

 

翔琉と再会するまでの私は

 

どこへ行っちゃったんだろう

 

 

 

 

 

 

 

歩行者用の横断歩道

 

青信号が点滅して、赤くなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホイ、・・・ 追いついたぁ~」

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 

そう言って当たり前のように隣に立つこの人

 

ちょっとだけ、息が上がってる

 

ああ、翔琉

今日は走ってばっかりだね

なんてチラッと考えて同情する

 

 

こういうときってさ

 

追いかけてきてほしいけど

実際は追いかけてはこないってことがあるよね

 

っていつもツッコミ入れてた

 

 

でもやっぱり

 

こうして追いかけてきてもらえると

 

想像以上に嬉しいもので

 

 

 

 

「なんで先に帰るの?家近いのに。」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

もう無理じゃない?