悲しいことがあっても、夜が来て
眠ればまた朝が来る
眠れないと思っていても
布団に入れば瞼が仲良くなるみたいで
結局私は、寝ているのだ
春子さんが作ってくれる料理はとても美味しく
おかげで食欲が落ちることもなかった
ーー 意外と私、大丈夫みたい
いつの間にか、口癖のようにそう呟いているときがある
それを聞いた友人やお店のスタッフたちは
微妙な顔を向けるけど
そういうのにも慣れてきた
もう大丈夫だ、と思っていても
2週間が過ぎたというのにいまだに、違約金の額を決めかね、請求できずにいる
それを決めてしまったら
請求してしまったら
ほんとに何もかもが終わってしまうから
なんのつながりもなくなってしまうから
「あら、今日はお肌がつるっつるじゃない!どうしたの?」
ノンちゃんがカウンター越しに聞いてきた
今日も今日とて、食後に散歩がてら、居酒屋ノンちゃんへ
ちょっと気を利かせる娘であった、まる
「お父さんがね?お客さんからエステの無料券もらったからって・・」
「あら~ 春ちゃんに、じゃなくて?」
「2枚もらったから、二人で行って来いって」
「おすそわけね?ふふ」
そう
かんっぜんにお裾分けなわけですが
気分転換に行っちゃいました
「じゃあ、今夜はあまり飲みすぎずにお帰りなさい?」
「え?もう?」
「そうよ~ せっかくエステに行ってお肌つるっつるなんだから
酒飲んで明日むくんだらどうするの!!」
「どうもこうも、誰も気にする人なんていないんだから・・・」
「あら!そんなこと言ってたら、くるもんも来ないわよ~?」
「なによ、来るもんて・・・」
「そうね~・・ 春?」
「春ってもう・・ 4月も半ばだけど?
あ~、もしかして春子さんにかけてる?
うまい!とでも?」
「いいからいいから、帰って寝なさい!!ほらっ、しっしっ!!」
「ええーーっ!ちょっとノンちゃんっ、ひどすぎない?それ・・・」
ノンちゃんに追いやられた私は
仕方ないので席を立つ
「お会計・・」
「あ~ 今夜はいいわ。あんた、あんまり飲んでないし。」
「飲んでないって、それはノンちゃんがー」
「今度来るときは、たくさん飲んでって?」
「今度来るときって、明日ですかね?それは」
どうせ、毎晩のように来るんだから
まぁいいか
と、私はノンちゃんにお辞儀をし、手を振ってから
店をあとにした
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家に帰ると、春子さんの姿はもうなくって
お父さんが居間でひとりくつろいでいた
「お~、帰ったか」
「うん、春子さんは?もう帰ったの?」
「ああ。」
「ふぅ~ん・・」
言いながら、お父さんの隣に座った
「・・・ 今日はありがとう。」
「ん?」
「エステ」
「何を・・ お客さんに貰ったんだ、って言っただろうが」
「うん、でも・・ なんか気分転換になったし・・
ノンちゃんにも、お肌つるっつる、って言われた」
「そうか?そりゃあよかった。」
「ねぇお父さん・・ ごめんね?せっかく結婚させようと思ってくれたのに
ダメになっちゃって」
「そんなの!・・・もういいから、早く寝なさい」
「・・・ もう~ 人がせっかくあらためてちゃんと謝ろうと思って謝ってるのに・・
あー、そっか!謝ることないか!お父さん、お金目当てだったんだもんね?」
「・・・・・・・・」
「うそ、ごめん・・ 言い過ぎた。心配してくれてたんだよね、ありがとう。
だからほんとに、ごめんなさい」
「もういいって言ってるだろう?そんなのいいから、早く寝なさい。
オレも寝る!」
「お父さん・・・」
先に立ちあがって、言ってしまった
照れくさいのかな・・・
娘に謝られると・・
「じゃあ、私も寝るとしますか・・」
洗面所で歯を磨くと、私は布団に入った
今夜もすぐに私の瞼は仲良くなりそうだ
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パチっ
なぜだろう?
なぜだかわからないけど
ものすごくすっきり目が覚めた
ような気がする・・・
ピンポーーン、と玄関のチャイムが鳴った
う~・・
まだすっぴんだけど、いいか
お父さん、起きてないだろうし・・・
と起き上がると
バタバタと走るお父さんの足音が聞こえた
え?
珍しい・・ もう起きてたの?
あ~、春子さんか!
「りか~!お客さんだ!」
「えっ?私っ?」
こんな朝早くから?
「誰よ、もう・・ こんな時間に・・・」
お店の子が来るはずないし
かといって、こんな朝っぱらから訪ねてくる友人にも全く心当たりがない
私はのそのそと歩いて出て行くと
そこに、信じられない人の姿を発見した
「・・・・ ま・・・さき?」
「なんだ?まだ準備出来てないのか?」
「は?」
準備って、何よ
「忘れたのか?今日が何の日か」
「今日?今日って言ったら・・・」
しいていえば、私がユノと結婚する・・・
そのためにあらかじめオーナーに頼んでお休みをいただいてたけど
それも返上した・・・
「えっ?なにっ?まさか、私に出ろって言うのっ?」
ユノとあの女(もはや、あの女呼ばわり)の結婚式にっ?
見ろって?
狼狽える私に、真崎はつかつかと近寄ってくると
身体を屈めて、いきなりのドアップ!!
・・・ 久々のイケメンドアップにときめく私
「お肌の調子は・・ まぁまぁですね。エステ効果か」
「え?」
エステ効果って・・・
「じゃあ、行きますよ」
ぐいっー
腕をつかまれ、すっぴんのままー
「待ってよ!いやよっ、真崎!!!」
必死で抵抗
だって、ユノの結婚式なんて絶対見たくないっ!!!
わかんないのっ!!?
あんなに泣かせてくれたくせにっ!!
「真崎っ!お願いっ、無理っ!!
だいいち、私、着る服なんてないしっ・・」
「あるでしょうが!!・・・ 一緒に試着しに行って選んだドレスが!」
真崎が立ち止まって振り向いた
もう、車の前
「はぁ~?何言ってんのっ?あれはだって、花嫁っ・・・
え?・・・え?・・・ なに?」
どういうこと?
え?
まさか・・・
いやいや、そんなことあるわけない、うんうん
「・・・ だって婚約は破棄って・・・」
「言ったかな?そんなこと・・・
あ~ あれはいつだっけ?確か・・
4月の1日・・・」
え・・・?
4月1日って・・・
「・・・・・・・ エイプリルフール・・ だったとでも?
はぁ~? だって・・・ リスト、覚えなくていいって・・」
「ちゃんと送った荷物に入れておいただろっ?
は?まさかおまえ、覚えてないとか言わないよなっ!?
あーー、ちくしょっ・・ ま、いいか。パーティではご主人様か
オレがそばにいるとして・・・」
真崎がブツブツ言ってるけど
右から左で、ぜんっぜん頭の中に入ってこない
「待って、真崎・・・ 私、頭が混乱してて・・・」
だって、あの女は?
「あー、もうっ!とにかく乗ってくれ!急いで準備しないと間に合わないっー」
「だからっ!頭の中が混乱してて!え?いったい何がどうなって・・」
「うるっさい!!あとは着いてからご主人様に聞けっ!!!」
ぐいっー
私はひきずられるように、車の後部座席へと押し込められる
そのとき・・・
振り返った玄関の前に、穏やかに笑って立っているお父さんの姿が
「・・ りか! お父さんも着替えて後から行くから!」
そう言ってひらひらと手を振っている
もしかして・・・
全部、知ってた・・ の?
つづく・・・