中国の正史の制作はパターンがあって、王朝を滅ぼした次の王朝が、前王朝の歴史を編纂し制作するというものである。ただ、三国志のみは、やや異質であった。
「三国志」を書いたのは、蜀の人陳寿という民間人である。魏・呉・蜀の正統王朝は「魏」であり、魏の司馬懿仲達の遠縁である司馬炎が三国を統一して西晋を建国した。西晋の正史を書く官吏が、評判の高い陳寿の「三国志」を取り寄せ、一読したところ、その完成度に驚き、「一言一句付け加えることも、削除することもない」と絶賛し、そのまま正史に採用された。そして、正統王朝である魏志の最後に置かれているのが「倭人伝」である。
つまり、「魏志倭人伝」は極めて重要な位置にあった。そして、陳寿は心血を注いでこの本を書き上げた。一言一句も揺るがせにしなかった。
さて、そこで問題になるのは、「魏志倭人伝」の内容である。その最も重要な邪馬台国の女王「卑弥呼」がなんと発音したかは倭人伝のハイライトとも言えることである。「卑」も「弥」も単数音、ところが「呼」は複数音である。
例えば、「京」は複数音で、「キョウ」「キン」「ケイ」と発音できる。従って、「京」単独であった場合、なんと発音するかわからない。にもかかわらず、「呼」をなぜ「コ」と読んだのか。江戸時代には「ヒミコ」と呼ばれていた。どうやら、「日のミコ」と考えたようである。
陳寿がこの本を書いた西暦280年頃、コと発音する漢字は400個位あったと言われている。その中には単数音のコも多数あった。例えば、「孤」。にもかかわらず、何故複数音の「呼」を用いる必要があったのか。
さてそこで、「卑弥呼」最大の特色はなにか。「鬼道を事とし、よく衆を惑わす」と記されている。鬼道とは呪術の一種と見られている。であるならば、「卑弥呼」の3音の中に、呪術関連用語を組み入れはしないだろうか。「卑」、「弥」には呪術の要素はない。では「呼」はどうか。
「呼」には、呪術用語としての意味があったのである。「生贄となった小動物の皮膚を刃物で傷つける行為」を「呼」と言った。ただ、残念なことに、「呼」をコと発音した場合、呪術用語ではなくなる。「呼」を「カ」と発音する場合のみ、呪術用語となる。
つまり、「卑弥呼」とあった場合、「ヒミコ」と「ヒミカ」の二通りの読み方が可能であった。ところが、「鬼道を事とし、よく衆を惑わす」という一文があることによって、これは「ヒミカ」と発音することだと、当時の知識人には理解できたわけである。
結論、「卑弥呼」は「ヒミカ」と発音されていた。「ヒミコ」ではなかった。
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