こなき爺ィの同僚に「タラバのガニヘイ」というのが居た。私がつけたあだ名で、風貌が腐ったタラバ蟹に似ていた。脂切った赤ら顔で、耳の下から顎にかけてニキビが噴出しており、めがねをかけて、タラバにそっくりな風貌であった。陰キャであり、その点石破前首相に似ていた。
お気に入りの女性社員と話す時は、猫なで声を出し、かなり異性への執拗さがあり、困った性癖のある社員であった。で、驚くべきことに、「自分は仕事が出来る」「女性に持てる」と自負しているきらいがあり、会社では持て余し社員でもあった。
朝方、海外のマーケットの翻訳業務があり、そこでこのタラバのガニヘイはとんでもない誤訳をした。石油関連では、API(全米石油協会)の統計が重要なファクターであり、「API統計の発表を前に、見送りムードが広がっていた」というのは慣用的常套句であった。
「API'S statistics」の部分が「APIS」と打ち間違えていたことから、この馬鹿は「古代代エジプトの聖なる牛」と訳した。ファラオの時代の聖なる牛を、現在の石油マーケットの文中に書き込んだのである。前日の訳文を参照すれば、簡単に判ることなのに、それすらやっていなかった。この阿呆は米国に2年間も行っていたのに、この体たらくである。一発退場で、翻訳業務から外された。にもかかわらず、自分は仕事が出来ると信じ込んでいた。
早朝出勤なのに、良く遅刻していた。ミーティングの時、私が遅刻の件を指摘すると、「私は人が1時間かかるところを、20分でします」などと言っていた。つまり、多少の遅刻くらいでがたがた文句を言うな、ってことのようだった。これには他の同僚たちも怒っていた。仕事も出来ず、女性には持てず、それにもかかわらず、本人は自信満々なのだから始末におえない。
金曜の海外市場の翻訳があるため、土曜日も一部社員は持ち回り出勤をする必要があった。昼前には仕事は終了する。女性社員3人と男性社員3人が帰りがけに、イタリアンに行くことになった。私のプランでは、パスタを食べた後、お茶でもして、親睦を深める予定であった。
ところがである。あのガニヘイがついてきた。同僚に「誘ったのか?」と尋ねたが、首を振るばかり。女性社員は「あの人、どうしてついて来るの」と言われる始末。全員が「来るな!」オーラを出し続けていたが、史上最強の鈍感力でそれを跳ね返し、とうとう店までついてきた。楽しかるべきランチが、お通夜状態と化してしまった。
「3×3で人数が合っているので、今回は遠慮してもらえますか」と私が言うべきであった。男性からは嫌われ、女性からは気持ち悪がられて居るのに、本人は全然気づかない。ある意味、すごい精神構造である。このような性格ゆえに、同僚社員からボコられるという事件が後に勃発するが、それはまた別の機会に話そう。
「嫌われっ子、世にはばかる」を絵に描いたような存在で、私もこれほど嫌いになった人物もいなかった。どうやら、私は寛大なにんげんではないようだ。
