6/29夜から7/3昼まで
不機嫌でした。
価値観の違いは
人と人が一緒にいるうえで当然で
お互いの違いを認め合えば良いだけのこと。
が、しかし
その相手が夫となると
ちょっと心が狭くなる( ̄∀ ̄)
本当は一番寛容であるべきと思う
ずっと一緒にいるんだから
昔からいつも私が
プリプリと怒って
ひとり喧嘩を繰り広げていて
それでも
私もだいぶ成長して
その喧嘩を自分なりに
鎮めることもできるようになっていたけれど
今回は怒りよりも
哀しみだったので
どうしても自分から歩み寄ることはできず
途中でもういいかなと思ったけれど
ここをうやむやにしては
私の心に傷跡が残ると思ったので
1週間程度を目処に
向こうから何か言ってくるまで
最低限の会話のみにしよう、とほぼ沈黙。
静かな日々が過ぎ
5日目になって
夫から謝罪がありました。
向こうから謝るなんて
結婚30年、初めてかもしれん。
自分ばかりが
傷ついて哀しかったのではなく
相手のことも
傷つけて悲しませたと思うので
私も謝り
そしてまた
いつもの日常に戻っています。
戻れてよかった。
不機嫌を貫くなか
「この最中に何かあったら」と
ずっと考えていました。
お互いの間に
「いま」が存在しても
「次の瞬間」や「明日」があるとは限らない。
万が一
不機嫌なまま
もう言葉を交わせないような
何かが起きたら
きっと私は後悔するのだろうと
思いながらもやめられず
自分の未熟さを実感したり
いや、でも、人間だものと思ったり。
「いま」しか存在しないと
わかっているつもりでいても
当たり前のように「明日」が来るとも思っている。
来ないかもしれない可能性は
誰にでも等しくあるのに。
私、まだまだまだまだ
まだまだまだまだ、まだまだだなあ。
このできごとに無理やり
意味をつけるとすれば
今年に入ってから
内側の澱んだものを
出す機会が多い気がするので
今回は
夫婦間の澱みを
解消するきっかけだったように思います。
澱みを解消すれば
循環するから。
さて、今日は7月4日
「いまを生きよう」と
そんな思いを
娘から贈られた日。
そう思いつつ
すぐに先延ばしてしまう自分に
あらためて自覚を促す日。
お友だちから連絡があって
毎年、この日の早朝は
ちょうど旅立った頃の時間に
いたずらっぽく起こしに来るんですよと
教えてもらって
まあ、なんて羨ましい
そしていたずらっぽいとは
娘らしいわ、と苦笑い。
うちにも来てるのか?
きっと常にいると思うし
何かしてくれてるだろうけれど
何も感じない鈍感夫婦です。
でも、間違いなく、側にいて
私たちは護られている。
2017年から8年経ち
16歳だった彼女の人生の
半分が過ぎたとはね
早かった気もするし
それなりだったとも思う。
遅かったとは感じない。
すぐそばにいて
いつも護られて
私たちは元気だし
このたびの不調和を超えて
もっと仲良くできるとわかったし
向こうで再会したときに
「仲良く楽しくやってきたよ」と
報告できるよう
もっとたくさんのいろんなことを
一緒にやっていこうと話しています。
私が人生で目指すものは世界平和。
その第一歩は
自分が平和であること
そして
目の前にいる人と
きげんよく過ごすこと。
未熟過ぎて
不機嫌を無くせないけれど
それでも最低限にしなくちゃね。
時々雨の降る
暗い曇天の一日
日が落ちる少し前に
雲が切れて明るくなったなと思い
このブログを下書きで保存して
外に出たら
また少し雨がポツポツ
そして直後に
見事な虹がかかりました。
娘の名前は虹に少し縁があり
虹を見ると「ああ、いるんだな」と思う。
鈍感な私たちにもわかりやすく
「一緒にいるよ」と教えてくれる
優しい彼女です。
ああ、かわいいな。
なんだなまとまりなく
長くなりました。
近くても
遠くても
実際に会えていても
会ったことがなくても
心を寄せてくださる方たちの想いに
感謝申し上げます。
暑い毎日が続きますが
どうぞ健やかにお過ごしください。
いつもありがとうございます。
2025年7月4日
岩崎 梢




