終い方を考えることは
いまを生きること。
いつ終わるのかは
誰にもわからない。
年齢も関係ない。
終い方
いわゆる終活と
呼ばれるものだけれど
ものを減らせばいい
ノートを書けばいい
それだけではない。
よく考えてみれば
幅が広くて漠然としてるなあと思う。
やらなきゃいけないと
わかってはいるけれど
何から手をつけていいかわからない
なんて、まるで
家の片づけの悩みでよく聞く言葉です。
片づけと同様
思考を整理することから始めて
そもそも終活とは?
どう終いたいのか
そのためにどうするのか
どんな方法があるのか
何を実践するのか
準備ができたらその後どう生きるか 他
細かく細かく分解して
ひとつずつ完了させていかないと
どれだけやっても安心できないのかもしれません。
目の前にある
「もの」
自分(達)の周辺にある
「こと」
見えないからこそ厄介な
「デジタル」
ここ最近
もう何年もやりかけては
途中で放り出していたことを
あらためてじっくり考えて
自分を整理して
夫にもプレゼンして
一緒に作業してもらっています。
以前買っていたデジタル遺産の本には「しまいかた」「残しかた」のほかに「隠しかた」の記載もあった。隠したい人もいるよね。
私もまだ全然終わっていない。
けれど
長いことぐるぐる考えてきた
経験を踏まえて
終活のプロではなくとも
相続などの専門知識はなくとも
やり方も正解もひとつではなく
人それぞれ違うから
「教える」でもなく
「ライフオーガナイズ」という
思考の整理から始める片づけの手法を使い
「終い方のオーガナイズ」として
終活に迷って悩んでいる方や
一から始めたい方と
一緒に考えることができるかも?と思うなど。
まだ全然、形になっていないけれど
興味がある方は連絡ください、と小さく薄く書いておく。



