月に一回の
オンラインのお茶会
 
以前行っていた
「しなやかに生きる心の片づけ」の
読書会メンバーで引き続き
テーマを設けて話をしています。
 
 
 
テーマはあるけど
話題は自由に、あちこちに。
 
楽しいことから
心の深いところまで
いろいろ話すことができる貴重な場です。
 
 
 
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持ち回りでおやつを送り合う楽しい企画。今月は大好きな資生堂パーラーのラ・ガナッシュが届きました。先月は長崎の生かんころもちで、とてもおいしかったのに写真を撮るのを忘れてしまった。
 
 
 
 
 
今日は
「まわりの目を気にする自分」
という言葉が出てきました。
 
自分がどうしたいか
自分がどうありたいか
自分のやりたいことなど
 
それらを考えるときに
「まわりの目を気にする自分」が現れる。
 
 
 
「まわりの目を気にする」は
一般的な文脈として
負の表現に使われると思うけれど
 
もし自分が
「まわりの目を気にしている」と気づいたら
「ああ、いま私はまわりの目を気にしているんだな」でいい。
 
そこに良い悪いの評価は交えなくていい。
 
 
 
評価するから
そこからこじれちゃう。
「だからだめなんだな」って方向に行きがち。
 
評価せず俯瞰して
「いまの自分」に気づいたら
じゃあどうすればいい?を考えるクセをつける。
 
 
 
 
 
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あまりに唐突ですけど、おしべとめしべが揃った元気なレモンの花が咲いたのが嬉しいぞー。先日の花はめしべがなかったから、今回は実がなりますように。
 
 
 
 
 
もしくは
見方を変えてみる。
 
他者目線の
「まわりの目を気にする」を
別の言葉で選んでみると
 
自分から発振する
「まわりへの気づかい」
なんじゃないかなと思うのです。
 
 
 
私たちは
人と人とが繋がる社会に生きているから
 
「まわりに気づかい」をして
どうバランスを取るか?を考えている
 
そう思えば
負の側面はちょっと減るのではないかしら。
 
 
 
ただし
気づかいという言葉に変えたとき
 
気をつけたいのは
その気づかいが行き過ぎないこと

 
私たちは結構
我慢強く育っていて
 
自分を犠牲にして人に尽くしたり
人に遠慮して自分を抑えたり
 
人のためを考えすぎて
自分を苦しめることがあるから。
(ハイハイ、経験者が通りますよー)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして
今日も話題になったけど
 
さまざまな出来事、不穏な情勢
不安、悲しみ、怒り
心がもやもやしたり、ざわつくことが多いんです。

 

変えられないことを嘆くより
 
自分にできること
自分に変えられることに集中して
 
穏やかに。
 
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雲ひとつない青空‼︎なんて表現もいいけど、すかっと抜ける青空じゃなくて雲があってもいいじゃないか。
 
 
 

 

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