朗らかで楽しくて温かい

 

おひさまみたいな女性と

あるワークショップでご一緒しました。

 

その後

カルトナージュに2回来てくださり

 

計3回お会いしました。

 

 

 

 

カラーボトルを入れる箱を作られて

 

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2年後にまた

この箱が汚れてしまったからといって

同じ箱を作りに。

 

そのときは

とてもきれいな石を入れる

細長い箱も作って行かれました。

 

 

 

お会いした3回共に

一緒にいらした

 

彼女の大切なお友達から

連絡をもらって

 

先日彼女が旅立たれたことを知りました。

 

 

 

「石の入った細長い箱、入院中ずっと枕元に置いてありました」

「お別れの日の祭壇にカラーボトルが置いてあり、会場には箱も飾られていました」

「生地選びからこだわり抜いて作った箱は彼女の宝物だったのでしょう」

 

と教えていただきました。

 

 

 

 

 

それら一連の連絡の間に

 

facebookで友人が

シェアしてくれた投稿がありました。

 

とてもとても長い投稿なので

ここでシェアはできませんが

 

一部要約して加筆すると

 

動物、植物を食べる

「いのちをいただく」

ことはどういうことか

 

という話から

 

「いただきます」

「ごちそうさま」

という言葉はなぜ必要なのか

 

と問いかけがあり

 

 

「いただきます」

の意味のひとつは

「作ってくれた人の命をいただく」

ということ

 

食材を作ってくれた人

調理してくれた人

 

もっと言えば

食材を運ぶ人

販売する人

そのほかたくさんの人たち

 

その人の人生のうちの

30分かもしれないし

1時間かもしれないが

 

その人の持つ

「時間という命」

を使って作ってくれたということに

感謝をするのです

 

というようなことが書いてありました。

 

 

 

これを読み

 

それは食だけではない

 

私たちは食だけではなく

すべてにおいて誰かの

人生という命を使っていると思いました。

 

自分ひとりで生きているわけもなく

直接か間接か違いはあっても

必ず誰かの命を使って、一緒に生きている。

 

 

 

 

旅立った彼女が生前にくれた時間は

彼女の貴重な、大切な命。

関わらせてくれたことに感謝しています。

 

 

自分が今していること

こうやって書いていること

誰かと会って話すこと

いろんなことすべてが

 

誰かの時間という命を使っている。

 

もちろん

自分の時間という命も使っている。

 

 

私たちの命は

今という時間の積み重ねでできている。

 

でも気がつけば

今という時間、時間という命を

おろそかにしていることのなんと多いことか。

 

 

 

 

学び経験するために

幸せに生きるために

愛を表現するために

 

生まれてきた今生の命を

納得のいくものにできるかどうかは自分次第。

 

それならば

今をどう考え、どう過ごすのか。

 

 

「後悔しないように

やりたいことをやろう」

 

という言葉は

何か大きなことを目指しているように感じるかもしれないけれど

 

なにも大きなことを成し遂げなくたっていい。

 

 

自分を満たし

自分のまわりの人たちに愛と感謝を表現し

誰の時間も大切にする

 

それだけでいいと思うのです。

大切にしようと思います。