「片をつける」ことを考えながら
「間」についても考えています。
私にとって、片をつけることは間を考えることに繋がるからです。
時間も空間も人間も「間」なんですね。
やっぱり日本語って深いなあ。
(と、子どものような感想しか書けませんが)
よく家の中の写真を撮ります。
客観視できる一番いい方法で、こうすることで自分の家の好きなところがどんどん増えて行くように思うのです。
6月末に購入したドウダンツツジ
枯れた葉や枝を少しずつ落としてきたけれど、そろそろおしまい。
夕方と呼べる時間ではなかったのにずいぶん日が傾いていて、すっかり冬の日差し。
どちらの写真にもある出窓部分、これまで並べていたものを少しずつ無くしました。
自分が良しと思う、余白という「間」を今までよりも広げたくなったからです。
これまでは好きで置いていたものですが、なんとなくちょっと多い気がして除いてみたら、見ていてとても感じいい。
好きだったけど、よく考えてみたらもうここになくてもよくなった。
そう思えたのは
年齢や自分をとりまく変化
目に入る情報量・扱う物量・行動の適正化
地震対策
さまざまな理由が重なりあっています。
いつでも
片づける、片をつけるときに
考えるのは「間」
間がなければ、空気の流れも滞ります。
間がなければ、次のものが入る余地がありません。
間があれば、風通しがよくなります。
間があれば、余裕ができます。
空間も、時間も、人間も同じことだなあと思うのです。
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