娘のことを振り返るばかりにするつもりはないのですが、今だから書いておけることもあります。何回か続くかもしれません。
そのときに行ったこと感じたことなどが、いつかどこかでどなたかに、ほんの少しでもお役に立てることがあるかもしれないと願って。
葬儀は自由葬(無宗教葬)という特定の宗教や宗派にとらわれない形で行い、音楽葬として通夜は偲ぶ会、告別式はお別れ会という名称になりました。
参列してくださった方々から頂戴するあたたかい想いと、担当してくださったスタッフの皆様の気配りとご尽力のおかげで、娘らしい、我が家らしい、納得のいくお別れができたと思っています。
後日あらためて、葬儀終了以降を担当してくださる方のお話を伺いました。
特定の宗教にとらわれないということは、自分がこれまで馴染んできた仏式の忌日法要はなく、葬儀終了後に行うべきことに特に決まりはない、ということでした。
『特に決まりがない=自由』ということは気楽だけれど、いざそうなってみると不自由を感じることもあります。
自由という不自由を「どうしたものか?」と一瞬は悩みましたが、
せっかく自由なのだから我が家らしくやっていこう
いつも考えている我が家の『ちょうどよさ』があるんじゃないか
と思い直しました。
・葬儀後三週間程で娘の居場所を作りました。
お骨が収納できる大きなキャビネットを探し、その上に置ける小さくてシンプルな白い仏壇を仏壇ギャラリーで購入しました。
キャビネットを『探す』という作業は自分の好きな分野のことでしたので、これを早い時期に時間をかけて行ったことが、私自身の気持ちを整理する大きな助けになりました。
・お墓は持たない予定です。
お骨はアクセサリーにして身につける、ダイヤモンドにする、パウダー化して散骨するなどいろいろ話してはいますが、まだ決まっていません。いつまでも自宅にあっていいと思っています。
夫婦ふたりになりましたので私たちの『その後』も含めて考えていこうと思います。
・四十九日はそれぞれの地元に行きました。
私たちを含め親族は仏式の法要に馴染んでいますので、やはり四十九日の区切りはつけたほうがいいだろうと考えました。
身軽に動ける夫と私が、娘の写真を持ち地元に帰り、そこで食事会をしました。
娘の居場所。
夜も明るくしてあげたいなと思い、別の場所に下げてあったLEDライトを移動してきました。
キャビネットの上、ほぼ真ん中に写真立てを置きました。
毎朝お水をあげます。
位牌はありません。
仏壇の中心には、遺骨が入れられるロウソクの形のモニュメントを置きました。
(白い仏壇+モニュメントの組み合わせでギャラリーに飾ってあったのがとても素敵だったのです)
仏壇の手前には
キラキラのキャンドルホルダー
銀釉の片口を香炉代わりに
ベルの形の銀色のおりん
が置いてあります。
仏式でないとはいえ線香を上げるのは、帰省の折に行っていたので彼女にも馴染みがあるからです。
けれどどれだけ探しても気に入った香炉がなかったので、好みの食器を代わりにしようと思って探しました。
そのほか、キャビネットの上には
ガラスのキャンドルホルダー大中小が置いてあります。
彼女はキリスト教の学校に通っていたので聖書もあります。
もちろん花も欠かせません。
なんの花が好きだったの?と聞かれますが、残念なことによくわからないのです。
私が好きな花
彼女に似合いそうな花
そのときどきに感じた思いで買ってきます。
居場所を整えることは娘のためだけではなく、今ここにいる私たちが気持ちを落ち着けるためでもあるのだなと感じました。
この空間は私たちがこれからも暮らしていく場所でもあるので、形式にとらわれず、自分たちが納得いく形に整えることが必要なのだなと。
ここに向き合うとき
整えるとき
前を通りすぎるとき
よりいっそう彼女を想います。
さて、彼女はこの場所を気に入ってくれているかしら。
