こんにちわ NESSAN です
唐突なタイトルです。「いっいったーてぃゅ」 と 「いばだきま」
これは娘と姉の息子がいう「いただきます」なんです。
で、今から反省文的な文章になります。
娘の「いっいったーてぃゅ」を初めて聞いたときは面食らいましたが、発音がかわいいので(ずっと聞きたくて)直させず最近はいっしょに笑いながら言ってます。娘も調子にのってノリノリで「いっいったーてぃゅ」を連呼します。
で、この前ひさしぶりに甥といっしょにごはん食べたとき、甥の「いばだきま」を聞いたとき・・・
私ったら笑ってしまったのです。しかも高らかに!
キョトンとする甥の顔。。sono
その直後口がすぼまって下を向いてる!
泣きはしませんでしたが、たぶんものすごく子供なりの自尊心みたいなものを傷つけてしまったと思い反省しました。。
そんな話を旦那さんにしたら「男の子は傷つきやすいところがあるから」と言われ、より深く反省。。
後日談
姉夫婦は「いばだきま」の後はいつも誉めるそうです。「上手に言えたね~よく言えたね~」って。
うちは娘の「いっいったーてぃゅ!」の後はみんなで大爆笑なのでそのギャップに驚いたのもひとつにあるんじゃない?と。
たしかにそうも感じました。自尊心が傷つけられたー!恥ずかしい!って感じが100%か全面にあったか?というとそうでもなかった。50%くらいかな。
いったいどんな気持ちで叔母の失態を見てたのかしら。。ごめんね!甥よ!
ところで誉めるって大事だとよく育児書に載ってますよね。
私が気をつけてるのは、ルール的で単一的な誉め方はしないということです。
誉め方のバラエティを富ませるってことじゃなくて、(それももちろん大事だと思います)
子供の成長ごとに誉め方を変えていきたいと思ってます。年齢をおうごとに変えていくってことです。
つまり現在娘2歳の時期はひたすら誉めるだけでもいいですが、もうちょっと成長したら子供からしてみたらなんでこんなちょっとのことで誉めるんだろう。親って単純だなー。とか思うはずだし、ワンパターンな一連のやりとりで退屈すると思うし。
誉めるだけじゃなくて、次への課程への道筋を作ってあげなきゃと思うわけです。小さなことの達成感からより大きいものへの達成感を感じさせたい。
誉められなれてしまうと、小さなことだけ出来て誉められればそれでよくて、大きなことへのチャレンジ精神が生まれにくくなってしまう気がするんですよね。
だから誉める一辺倒じゃなくて、次にこれをすればそんなことが出来て、さらにその先にはあーんなことができてもっと楽しくなるよ。今やってることがへっちゃらになるよ☆などと言って次へのステップを作ってあげたい。
で、もう少し大きくなったら(小学校に入ったらすぐくらい)どうして出来なかったとか?何がよくて何が悪かったとかって子供といっしょに話し合いたいなぁ。
こんなことを思うのは、私が小学校1年生になったばかりのころ、今までの幼稚園とは違う環境になれなくて友達が出来なかったらどうしようとお母さんに相談したことがあって、そのとき母は、
「みーちゃんなら大丈夫よ。お友達なんてあっという間に出来るわ!」
短直だけど頼もしいいつもの母の返答。でも正直いうと、なんでだろう?私ならどうしてお友達がすぐ出来るんだろう。。って疑問に思った。短直に誉めてくれる母の助言はいつも私の励みになってましたが、このときだけはすごく疑問に感じた記憶があります。
あぁそういえば「ママの子だもん。大丈夫よ。」って言ってたっけ。
そう、それで私はたしか、あーいつものママの子だから大丈夫理論ね。じゃぁどうしてなの?って小さいながら思った記憶があります。
子供は見抜いてるんですよ!親が思ってる以上に子供は賢い!
相手は対等の人間。今日思ってこうしてブログに書いたことが間違いだと感じたらすぐ直します。
唐突なタイトルです。「いっいったーてぃゅ」 と 「いばだきま」
これは娘と姉の息子がいう「いただきます」なんです。
で、今から反省文的な文章になります。
娘の「いっいったーてぃゅ」を初めて聞いたときは面食らいましたが、発音がかわいいので(ずっと聞きたくて)直させず最近はいっしょに笑いながら言ってます。娘も調子にのってノリノリで「いっいったーてぃゅ」を連呼します。
で、この前ひさしぶりに甥といっしょにごはん食べたとき、甥の「いばだきま」を聞いたとき・・・
私ったら笑ってしまったのです。しかも高らかに!
キョトンとする甥の顔。。sono
その直後口がすぼまって下を向いてる!
泣きはしませんでしたが、たぶんものすごく子供なりの自尊心みたいなものを傷つけてしまったと思い反省しました。。
そんな話を旦那さんにしたら「男の子は傷つきやすいところがあるから」と言われ、より深く反省。。
後日談
姉夫婦は「いばだきま」の後はいつも誉めるそうです。「上手に言えたね~よく言えたね~」って。
うちは娘の「いっいったーてぃゅ!」の後はみんなで大爆笑なのでそのギャップに驚いたのもひとつにあるんじゃない?と。
たしかにそうも感じました。自尊心が傷つけられたー!恥ずかしい!って感じが100%か全面にあったか?というとそうでもなかった。50%くらいかな。
いったいどんな気持ちで叔母の失態を見てたのかしら。。ごめんね!甥よ!
ところで誉めるって大事だとよく育児書に載ってますよね。
私が気をつけてるのは、ルール的で単一的な誉め方はしないということです。
誉め方のバラエティを富ませるってことじゃなくて、(それももちろん大事だと思います)
子供の成長ごとに誉め方を変えていきたいと思ってます。年齢をおうごとに変えていくってことです。
つまり現在娘2歳の時期はひたすら誉めるだけでもいいですが、もうちょっと成長したら子供からしてみたらなんでこんなちょっとのことで誉めるんだろう。親って単純だなー。とか思うはずだし、ワンパターンな一連のやりとりで退屈すると思うし。
誉めるだけじゃなくて、次への課程への道筋を作ってあげなきゃと思うわけです。小さなことの達成感からより大きいものへの達成感を感じさせたい。
誉められなれてしまうと、小さなことだけ出来て誉められればそれでよくて、大きなことへのチャレンジ精神が生まれにくくなってしまう気がするんですよね。
だから誉める一辺倒じゃなくて、次にこれをすればそんなことが出来て、さらにその先にはあーんなことができてもっと楽しくなるよ。今やってることがへっちゃらになるよ☆などと言って次へのステップを作ってあげたい。
で、もう少し大きくなったら(小学校に入ったらすぐくらい)どうして出来なかったとか?何がよくて何が悪かったとかって子供といっしょに話し合いたいなぁ。
こんなことを思うのは、私が小学校1年生になったばかりのころ、今までの幼稚園とは違う環境になれなくて友達が出来なかったらどうしようとお母さんに相談したことがあって、そのとき母は、
「みーちゃんなら大丈夫よ。お友達なんてあっという間に出来るわ!」
短直だけど頼もしいいつもの母の返答。でも正直いうと、なんでだろう?私ならどうしてお友達がすぐ出来るんだろう。。って疑問に思った。短直に誉めてくれる母の助言はいつも私の励みになってましたが、このときだけはすごく疑問に感じた記憶があります。
あぁそういえば「ママの子だもん。大丈夫よ。」って言ってたっけ。
そう、それで私はたしか、あーいつものママの子だから大丈夫理論ね。じゃぁどうしてなの?って小さいながら思った記憶があります。
子供は見抜いてるんですよ!親が思ってる以上に子供は賢い!
相手は対等の人間。今日思ってこうしてブログに書いたことが間違いだと感じたらすぐ直します。