会議2日めは正午過ぎに終了。南京町に移動して昼食、解散となりました。元町で神戸在住のA氏と会い、しばらくぶらついた後、尼崎の事故現場に向かいました。
今回の事故では犠牲者や関係者に知人の名はありませんでしたが、鉄道でのこれだけ大きな事故、気にならないといえば嘘になります。そして、そのすぐ近くにいるのですから、せめて手を合わせるだけでも、というただそれだけの理由でした。
尼崎駅から歩くことおよそ20分、現場に到着。踏切から下り線路上に設けられた通路を歩き、献花台へ。通路入口と献花台の脇には、JR西日本の職員さんがいて、深く頭を下げておられました。テレビで何度も見たはずの事故現場ですが、実際に立ってみると何ともいえない感情がこみあげてきます。ここであの事故が起きたんだ…
献花台にしばらく手を合わせて、犠牲者の方々のご冥福とともに、今後の列車の安全を祈りました。上り線路上に設けられた通路を歩き、踏切に戻ってくると、不躾に差し出された報道マイク。私は何もコメントするつもりはないので(もとより何を言えばいいのかわからないし)そのまま素通りしましたが、ご遺族の方が来られてもこんなふうにインタビューを求められるのかな、と考えるとちょっぴり悲しくなってしまいました。
事故現場の線路に沿って道路が走っています。塚口方向へ歩くつもりだったので、この道路を歩いてみました。線路はすっかり剥がされ、バラストだけになった線路敷。テレビの映像を思い出し、あらためて事故のすごさを感じずにはいられませんでした。
結局、塚口までは行かず、途中のバス停でちょうど来た園田行きのバスに乗り、阪急で梅田へ。大阪から京都に向かい、今回もやはり香辛房に行ったのでした。