進学と同時に、木造のアパートを借りた。

一階に十室、二階にも十室ある建物だった。

部屋は四畳半で、家賃は四千五百円。

ドアを開けると半畳ほどの靴脱ぎ場と洗面台があり、プロパンガスのコンロが備え付けられていた。

トイレは共用である。風呂は近くに平和温泉という銭湯があり、入浴料は三十七円だった。

部屋の中にはセミダブルのベッド、机、茶箪笥、それに九十センチ四方の食卓兼用のコタツが置いてあった。

私には高校で一学年下のTちゃんという、付き合いのある女の子がいた。

身長百五十二センチほどの、小柄でかわいい子だった。

進学前の春休み、唐子浜のレストランでアルバイトをしていた。

仕事が終わったあと、Tちゃんを呼び出して遊歩道を歩いているうちに、初めてキスをした。

女の子の唇の柔らかさに驚いたのを覚えている。

Tちゃんは少し驚いたような表情を見せながらも、拒む様子はなく、静かに目を閉じていた。

そのあと、松山に遊びに来ないかと誘った。

Tちゃんは白いTシャツに千鳥格子のスカート、サンダルという格好で松山にやってきた。

駅で待ち合わせたとき、少し緊張した面持ちだったが、私の顔を見るとほっとしたように微笑んだ。

松山城へ向かい、リフトに乗って登り、天守閣への急な階段を上る途中、先を行くTちゃんのお尻に触れた。

「もうっ」と少し怒ったような声を出したが、頰を赤らめて目を逸らし、どこか嬉しそうにも見えた。

からかわれながらも、嫌ではない気持ちが彼女の様子から伝わってきた。

城を下り、私のアパートに戻った。

ドアを閉めるとすぐに抱きしめて、「会いたかった」とキスをした。

Tちゃんは一瞬体を硬くしたが、すぐに力を抜き、私の腕の中で小さく息を潜めた。

大学一年の男子として、抑えきれない欲求があった。

TちゃんのスカートとTシャツを脱がせていく。

Tシャツとブラを外すときには、処女らしい抵抗があった。

恥ずかしさと戸惑いが交じったような視線を向け、唇を噛みしめながらも、完全に拒むことはしなかった。

挿入する場所はわかっていたが、童貞だった自分はなかなかうまくいかず、苦労しながらやっと挿入できた。

その瞬間、心の中で小さく喝采した。

Tちゃんは眉を寄せ、痛みに耐えるような表情を浮かべていたが、私の目を見て静かに頷いた。

抱きしめたまま、決して軽い気持ちではないと伝えた。

彼女は少し間を置いてから、小さく「うん」と答え、私の胸に顔を埋めた。



 

和子から突然別れを告げられたのは、残暑の収まった十月のある日曜日のことだった。

 

和子は大学を卒業して、2年目の秋だった。

 

そのときの言葉を、今でもはっきり覚えている。

 

「〇〇さんはひどい。××さん(和子が大学3年の時のお見合い相手)は会社を辞めて専門学校にまで行ってくれたのに。これ返す」

 

そう言って、私の部屋の鍵を返してきた。

 

そして足早に階段をトントンと降りていった。

 

和子はもう××さんと、既に肉体関係ができたと直感した。

 

付き合って6年が経っていた。

 

当時、私はハトマート山越店の近くにある一軒家で、後輩二人と一緒に暮らしていた。

 

後輩たちは一階、私は二階を使っていた。

 

この家に移ったのは、和子が大学三年生のときで、私は卒業して一年目のことだった。

 

 

私が松山の大学へ進学した頃は、吉田
拓郎や井上陽水の音楽が頻繁に流れて
おりました。

タバコはひと箱100円、喫茶店の珈
琲も一杯100円の時代でした。

下宿先は木造2階建ての4畳半のアパ
ート。ドアーを開けると右手側に流し
台とプロパンガスのコンロがありまし
た。

部屋の中には、机とベッドと茶箪笥、
それにラーメンをつくる電熱器。
そんな簡素な持ち物だけでした。

家賃は4500円。アパートは当然風
呂なしトイレは共有でしたが、ひと月
2万円もあればゆうゆうと暮らせる良
き時代でした。

大学の学生課で紹介された数件の下宿
を見て回りましたが、高校からつきあ
っていた彼女(当時1歳下の高三)が
来ても人目を気にしないで過せるのが
よくてここに決めました。

―続くー