東北関東大震災で被災された方には、心よりお見舞い申し上げます。
あの日、下の子とお友達と2人と帰ってきて子ども達を庭で遊ばせて大急ぎで掃除機をかけていた時、ぐらっときました。
小さい地震ではないとすぐ分かり、外で遊んでいた子ども達を呼び寄せて上に何もないと思われる場所で子ども3人と長い揺れが収まるのを待ちました。
午前中は晴れていたのに、見上げる空はどんよりと暗く、普段から静かな団地からは声も聞こえず、
不気味な感じで2.3分の揺れがとても長く感じられました。
地震が収まると市内の被害が周りの人達の話で分かりました。
とても恐ろしく感じた地震も震度5でしたが、埋め立て地の市内の被害は甚大でした。
http://www.city.urayasu.chiba.jp/item23885.html
何故か私の住んでいるところはそんなに被害が少なかったのですが、地割れが各所で見受けられ・・。
その後余震確認のためにつけたテレビではお台場のテレコムセンターと市原の火災、東北地方の津波と現実とはとても思えない光景が中継されていたのでした。
本当にどうなってしまうのだろう・・と思っていたら旦那さんが歩いて帰ってくると言います。
3時間半かけて帰って来たときは涙がでてきました。
朝起きてみるとお友達から色々なメールが届き、少しずつ様子が分かってきました。
なんと、住んでいるところから300メートルくらい過ぎたところは普通の生活が営まれていたのでした。びっくり。
地震直後に断水となりましたが、すぐに自衛隊による給水活動が翌日には行われました。
市の一部だけが被災地となってしまい悲しい気持ちもしましたが、
その分復旧や支援も早く始まりました。
自治会の方々やボランティアの方のお陰で自分達の団地のことが良くわかり、
またお友達との情報交換により市内の状況が良くわかり、災害の時こそ人と人とのつながりが心の支えとなるのだなあと心から思いました。
旦那さんも団地内の排水溝に貯まった液状化の際に出た砂をかきだしていました。
地震の直後、自治会長をしている隣のおじさんに「お水をとにかく貯めて」と言われて、
お風呂一杯とゴミ箱(中に入れたビニールに)とバケツに水をためました。
飲料水は多少あったので、組み忘れてしまいましたが、動揺していたのでしょうね。
それでも生活用水に困らず本当に助かりました。
大地震の直後は断水となりがちですが、最初は水がでるようです。
そのときに必ず水を確保するのがその後の明暗を分けると深く実感しました。