落合信彦先生は。

オイルマンではなかったのかも。

しれません。

 

が、ノビーがノビーであったことは。

間違いが。

ないことです。

 

オレは教祖ではないし、 キミらも信者"ではない。
オレにいわれたことを鵜呑みにして、何も考えないのでは、うさん臭い新興宗教に入信する頭の
弱い連中と変わらない。そんなバカ者になってほしくないから、オレは書いているのにだ。 3年前、オレは“世界はちっとも平和じゃない。 といった。それは、今も同じだ。
一時は世界が喝采した東欧の民主化が、 民族独立の動きの中で血に染まり始め、将軍のように拍手を浴びていたゴルバチョフ・ソ連大統領もワラの男”になりはてた。
何もかもが、激動の渦中にある。


自分の頭で考え、自分で自分なりの答えを出せない男では、とてもじゃないが生き抜けない。 そんな過酷な時代なのだ。
だから、オレはまたペンを取った。
キミたち若者は今、冬の時代”にいる。 来るべきの光を浴びるため、凍土の中で耐える種子だ。 これから、ひと花もふた花も咲かせることができるのだ。
そのためには努力しろ。 実力をつけろ。 生命を賭けろ!
死のギリギリの縁で勝負するF1レーサーたちは、ポールポジションを獲ることにも生命を 賭ける。栄光のチェッカーフラッグを受けるまでの過程として、 予選にも力をそそぐのだ。 人生も同じだ。
キミたちが、 芽吹く前の種子ならば、ここで予選落ちしてはいけない。

 懸命に戦ってポール・ポジションを獲ることだ。


オレは、そのためにヒントを与える刺激剤にすぎない。 後押しなんかはしてやらない。自分で走れ。
恋愛、仕事、勉強••••••どんなことにもポール・ポジションはうんとあるのだ。
アイルトン・セナという男がいる。 キミたちもよく承知のF1チャンピオンだ。
セナはモナコの街を時速200キロメートルという風のような速さで駆け抜ける。 できるだ け速く走るために、カーブではコース外側の壁からギリギリ2センチメートルの所まで車体を 寄せる。 時速200キロで2センチの間隔・・・・・・。 なんというテクニック。 なんという度胸。
しかし、彼はそれでは満足しない。 それどころか、さらにあと1センチも壁に近づけることを 目標にしているという。そうすることで、フィニッシュの時点で後続車に3キロメートルも差をつけることができるのだ。
この生命を賭けた、ギリギリの挑戦とその積み重ねが勝利に結びつく。 セナほどの男でも努力を怠らない。 必死なのだ。
だからこそセナは輝いている。
しかし、日本の若者は、セナの生き方となんとかけ離れていることか。
小学生、ヘタをすれば幼児のころから塾へ通わされ、お決まりの受験生生活。 社会に出れば出たで、くだらぬ出世競争とくる。
楽しみはといえば、ガツガツ食うことと、金をためること、眠をむさぼること。
F1どころかカートだって動かせはしないだろう。
金や名誉や地位。 そんなくだらぬ虚飾は、こちらから捨てて、並いる強豪をブッちぎって、ゴ ールインできる人生のチャンピオンを目指してほしい。
それには真剣勝負をすることだ。 キミの一生は一度しかない。 しかも、今という時は二度と戻らないのだ。
一瞬一瞬を必死に生き、短くとも強烈な人生を歩め。 それこそが若者の幸福というものだ。
オレのメッセージを批判してもいい。いや、むしろ「オレの意見は違う」といえる男になれ! この本で、若者の少しでも多くが、 「狼」 の道を歩いてくれれば、それがオレの喜びだ。


一九九一年、夏 落合信彦