もし、どんな願いでも叶うとするなら、人間はなんでもするだろう。
 盗みだろうが、騙しだろうか、人を殺すことだって簡単にしてまう。しかし、現実には何もかもを叶えてくれる神なんていないので、そんなことありえない。
 ーーそう、世間からは思われている。否。違うのだ。自分の願いのためなら、何をしてもいい。そんな世界がある。存在している。その世界ならば、何をしてもいい。嘘と裏切りがすべてを支配し、各々が死力を尽くして自らの欲望を叶えようとする世界。その名も
 ーーディシグマ。



 季節は春。新しい学校、職場についた者たちの活気で街が賑わう中、彼ーー<不破未来>はフラフラと帰宅の途についていた。朝から体調が悪く、頭が痛かったのだ。授業中はなんとか収まっていたが、今になってぶり返してきたようだった。
『適応者発見。直ちに捕獲せよ』
「!?」
 突然、聞き覚えのない声が耳に入り、周りを見渡すが、誰もいない。
「はは、幻聴とは結構やばいのかも……」
 自分の体調を心配しつつも、不審者がいないことに安堵し、歩き始める。
『準備完了。捕獲スタート』
 「うわぁぁぁあ!!!??」
また同じ声が聞こえた、と考える間もなく、頭が割れるような頭痛が未来を襲う。それになんとか耐え、目を開くと腕がノイズ化していた。
「どう……なってんだ……こーー」
 言葉を言い終える前に、未来の体はこの世界からーーなくなった。

 見えるのは、6歳のころに亡くした、母の姿。その顔は、酷く悲しんでいるように感じられた。
「先生!未来は……未来の目は大丈夫なんですか!?」
「極めて厳しい状態にあるでしょう……突き刺さった鉄筋が細いことで命に別状はないのですが、見事に眼球が抉り取られています。このままでは、一生義眼となってしまう可能性も……」
「あの子は……目が綺麗な子なんです!まっすぐ前を見ていて、素直な子で……」
 嘆き。悲しみ。それらの負の感情は顔をみなくても、心で、動作で感じ取れた。
「先生、私とこの子、血液型が同じなんです」
 ここで、急に体が引っ張っていかれるのを感じた。それを感じてからは早かった。どんどん意識が遠くなり、聞こえてくる言葉も断片的なものとなる。
「それがどうしたのかね……?」
「私の……をーー」
 ここで、未来の意識は途切れた。

「まったく、今更初心者(ニュービー)かよ……」
「まぁまぁ、すごい新戦力かもしんないじゃん。ねぇ、君、名前は?」
「ここは……どこだ?」
 目を覚ました未来の目に入ったのは、まるで大災害後の大都市のような古びたビル群だった。