なんとなく生まれてきて

神様もいなくて、どうして生きるのか

生きる意味なんて全く無くて。それは、各々自分で設定するだけの話。

人生って

聞こえ方が悪いかもしれないけど暇つぶしの連続。


適当に生きても良いし、死んだっていい。

逆に毎日必死に生きても同じ人生。



自分の祖父母を見て思うことがある。

日に日に弱る体。できることが減っていく。

頭は冴えているけど、体が全く思い通り動かない。

80年、90年一生懸命生きてきた。

それなのに、残っている人生が苦しいことの連続って、なんだか悲しいね。

たぶん本音なんだけど

いつも「いつ死んだっていい」と二人は言う。

やりたいこともないんだし、苦しい日々が続くなら終わった方がどれだけ楽か。

そうだよね。


「死んでもいい」と本気で願っている人に

何ができるだろうか。

自分としては当然長く生きてほしい。でも、それは彼らが本当に望んでいることではない。

じゃあどうすればいいの?

遠くから死ぬのを眺めているのか。

汚いものは見ないようにすればいいのか。

いや

微力だが

老いとか死に対して全く太刀打ち出来はしないけど

死ぬのを待っているだけの日々に

少しでいい

なにか、笑えるような そんな出来事が起こるように

接するようにしています。


サイクロンっていうバンドの「光とシャム猫」っていう名曲があります。

何時かは終焉る運命なのさ 指折り数えて消化していく日々
ただ俺たちは生きているから そっとその一日に花を添えるように


たまんねー。


明日の夏祭り

認知症が故 忘れてしまうけど

そこに参加している時間だけでも

その方の一日に ちょっとした花を添えられたら

それは素晴らしいイベントじゃないかなと思っています。
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