税金を貰っては人様の迷惑に | 労人社のブログ

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戦中日記(続労人社だより)211265号

「税金を貰っては人様の迷惑に」

■■■数日前の朝日の記事で、(税金を貰って生きるのは他人に迷惑がかかる)として、行政が薦めていた生活保護の受給を拒み、結果、寝たきり状態の姉を殺害した老々介護の庶民の裁判内容が報じられている。二人とも80才代の戦中派。戦後の苦難も(自助)だけ拠り所に生きた世代層のひとだ。

■■■生活保護を受けなければ、日常生活が苦しくなる国民が増加している。五輪、コロナによる財政出動の激増はこの後、インフレを招来する。すでに、ガソリン、消費者物価の値上がりが始まっており、確実に公助がなければ、生存を許可〜誰に?〜されない老人、母子世帯が増えてくる。しかし、生活保護等公助を必要とする庶民、世帯が実際に受給する事例は2〜4割でしかない。

■■■生活保護は国民の権利である。欧米諸国の受給率が8割超が一般的であるのは、地主貴族、教会、資本との「生存権」をめぐる歴史的に戦いとった権利として認識されているからだ。日本国憲法25条が規定する生存権が国民にあり、国家には生活保障の義務が生じる。戦争による災禍を経て、この国の庶民が得た権利が「生存権」=最低限度の生活を営む権利である。

■■■生活保護基準の切り下げを自らの使命としたあほシンゾウの悪政に、片山さゆり、世耕、水田など自民党議員が合唱し、在特会も動員されて生活保護パッシングが狂気乱舞したことはまだ記憶に新しい。あほシンゾウの罪状は9条を廃棄して戦争準備を策したと同時に、25条生存権の抹殺策謀にある。庶民に当然の歴史的権利である「生活保護」を「恥ずかしい」ものへと偽装した。

■■■ニンゲンのかす義偉の(自助共助公助)はその路線の終着駅であったのだろう。これを、生活保護の受給が2-4割に止まる外圧とすれば、いま80才代の戦中派に共通する(税金を貰い生きるのは他人に迷惑がかかる)とする心性に起因する。一種の差別意識を内包する、自立を是とし、「他人に依存することを恥じる」意識である。

■■■都市空爆で非戦闘員のはずが、国家の行為のおかげで身の危険をこうむった。インフレを通じて、資本、軍への戦後補償を自らの生活苦で肩代わりさせられた。民主国家というが、主権はつねに国家が代行した。高度成長を担った該世代の労働への報酬は老々介護でしかなかった。おそらく、国家が頼るに足るものと考えたことなど一度もない。生活保護が恥ずかしいのは、自分自身に対してで、カネを恵んでくれる国に対してではなかった。

■■■おそらく、国政選挙に背を向けるいまの若者世代の意識もこれに似ている。「何にも変わらないじゃん」という呟きは、憲法9条、憲法25条を利権確保のために、姉を殺害しようとする政治家どもへの軽蔑の言葉だ。一揆を企てるほどこの国民国家は庶民を内包しておらず、機会があれば殺害を狙っている。🎶おいら、一抜けた!

■■■こうした心性は、竹中平蔵が流布する新自由主義が、(庶民が支払う税金をネコババすれば、素敵な生活がおくれるじぁん)という言葉に政治家が心動かされたためだろう。最近の朝日新聞をみれば、新潟の星野、(当選したけりゃカネよこせ)、日大田中、鈴木財務相、有権者に嫌われた石原元議員の就職斡旋、山内の横領金、木下元都議の逃亡劇、等々。新しい資本主義では、庶民の迷惑を顧みず、税金こそがオラがの主食。これが、生存権を権利としない、現在のこの国のかたち、心性なのだ。