私は日本のここが好き ブログネタ:私は日本のここが好き 参加中

日本の文化も歴史も、すべて好きです。日本人の教養、心の優しさ、手先の器用さ、勤勉さ、誠実さ、どれをとっても世界一じゃなかろうかと思っています。

しかし文化の中心はやはり言語。「ここ」と言うなら日本語をあげます。金田一春彦さんの著書で知った日本語の素晴らしさに触れようと思います。以前書いた事と重複があったらごめんなさい。

例えば、道ですれ違いざまに「どうされました?」「いえ、ちょっとそこまで」と言いますよね。
これは、「あなたがこんなところを歩いているのは何か事件があったのかもしれない、もし何か困った事があるなら窺いましょうか」
という問いに対して、
「いえいえちょっとその辺に用事が出来ただけなので心配には及びませんよ」と言っているわけです。短い言葉の中に思いやりが込められていますね。

アメリカ人のお手伝いさんがコップを洗っている最中に落として割ってしまいました。すると彼女は「コップが割れたよ」と言ったそうです。
日本人ならコップを割らないように注意するのは洗う者の責任であるから、その最中に落として割れたら「私がコップを割りました」となるはずですが、英語ではそうならないそうです。
ではどういう時に「コップを割った」と言うのか尋ねると、
壊れると知っていて投げたり、ハンマーで叩いて割ったとき
だそうです。これは中国語でもそうであるらしい。

今では日本でも通じない話ですが、客人が煙草を吸おうとしたら部屋に灰皿がない。こういうとき、客人が「ここは禁煙ですか?」と聞くと、「申し訳ありません、今すぐ灰皿をお持ちします」となる。ところが外国でこんな言葉は通用しません。ユダヤ人相手に「灰皿はありますか?」とストレートに聞いても「あなたにそれは必要か」と返されるそうです。いやはやびっくりです。