久々に思ったことを書いてみる
実家に帰ってしばらくして、しばらく寝込んで徐々に体を動かし始めて
なんというか、しばらく寝込んだのは環境の変化に適応するためというのと
姉の家で無理をしていたのがたまっていたという感じがある
姉は姉で考えて提案をしてくれてそれを飲んで
家賃のかわりに平日の夜ご飯をつくるというのをやっていましたが
今の私の体にはだいぶ酷で、その疲れがたまっていて余分に寝込んだ気がします
善意です
でも、少なくとも昔よりは平和になった今の世の中悪行ってたいてい善意の上でこれが正しいからとなされるのではと
悪意の悪行は限られたもので
たいていは善意の悪行ではなかろうかと
自分なりに考えて意図してやるのに対して
そうしたいならこうしてみたら?というサポートのエネルギーではなく
こうなるためにこうしたら?という提案はどうしても、サポートではなく人の意図がまじってしまって
自分の意図で動くというのにどうしても不純物が混じってしまう気がする
じゃあ断ればよかったのではというと
世話になっている身で断るって、実質不可能でしょうと
どこまでも被害者意識な考えですが、今はこれが精一杯です
基本的にさちこの考えや気持ちを尊重するという習慣が実家や実家色の強い家族にはないので
自分の考えをもたないお人形のごとく、考えをおしつけてくるのですが
その考えが大変いけてないのですよ、、、
所詮不安感もりもりないけてない脳みそで考えたことなので、まったくもっていけてないのです
ただでさえ不安感でもりもりになって、考え事をしすぎた頭って思考が暴走してて早すぎるのです
つまり正しいのだけれどとても素晴らしいのだけれど、今はまだ早すぎるということを
しかも今の器に見合っていない考えをすばらしくなさっていて、それを押し付けられるってけっこうな苦痛です
虐待といってもいい
おまけに本人が不安がりなのでその不安を解消するためにとても過干渉な考え方をなさる
経験的に、自分を見えていない人ほど他人、特に自分に近しい人を見るのに一生懸命な気がします
そしてあれこれお節介で余計なアドバイスをしてきて
「あなたに言われましても、、、」と呆れ顔をされ
どうして言う通りにしないのとめくじらをたてられることもありましたが
「あなたに言われましても、、、」なのでしょうがないのではと
だって、所詮人って人を通して自分を見るので
たいていそれって私を通して自分を見て、自分にあてたアドバイスなので
アドバイスしてくるくせに本人は全くもってできていないか、付け焼き刃的に最近のマイブームだったりと
なかなか、なかなかなかなかめんどくさい、めんどくさい
自分が間違っている人ほどこれが正しいと、不思議な正義感を燃やしてめんどうな考えや念を飛ばしてくるあの現象なんなのでしょう
非常にめんどくさい
ほっといて、私には私の考えがあるのよ
私の考えに彩りを添えてくれる程度のことなら聞きたいけれど
そもそも、守ることと支配することの区別すらついてない人に、ゼロ100思考な完璧主義をこじらせている人に
そんなちょうどいい考えむずかしかろうと、今日も余計な干渉をさけたり跳ね除けたりと忙しいのです
ああめんどくさい
ほっといて、ご自分のことをなんとかしたら?めんどくさい
ああ嫌、ほんと