さちこのあれこれ -3ページ目

さちこのあれこれ

脱セルフネグレクトを目指すなかでのひとりごと

と、思いまして


誰のことって父のことで


最上位思想、、?とでもいうのか


よりよいものを、よりよいものをって求めて


自分の器に関係なくよりよいものを、みたいな





甥っ子のはなし、両親から見れば孫の話をしてて


サッカーを習ってる子なんですが、その送り迎えとかお金とか、いろいろ


「プロにでもなれる才能あるんならまだ取り戻せるけど、そうでないなら親は大変うんぬんかんぬん」


わああ、、昔の人だなぁ、、って


いや70代の人なのでもちろんなんですけど


え、いまだにそうなんだ、、うわあ、、って





よりよいものを、よりよいものを


自分の器もかえりみずよりよいものを


なんていうのか、1番でないものは全て無意味のような


ええ、、2番目とか3番目とか、何番目かはしらんけど


ちょうどいいものがいいのでは、、という考えになってきたので


なんというか


私はこんなのに振り回されてたんだなぁって


うわぁって


一般的なものをダメとする、みたいな


あんなしんどい考えは、もう持ちたくないな





YouTubeのコメントを読むのが割と好きなのですが

 

今はやりの猫ミームの、メンヘラ女と付き合った末路みないな、なんだかそんな動画のやつだったのですが

 

自分を愛せないと愛や信頼を返せなくなり、相手から全て吸い尽くして疲弊させてしまうそうで

 

 

 

 

なるほど〜と、なんだか納得してしまいました

 

自分を見ない、自分に意識を向けない愛さない

 

そういう状態の頃は、典型的なテイカーをしてしまっていたなと

 

 

 

お金を稼ぐにはお金が必要なように

 

愛を得るには愛が必要なようです

 

それを呼ぶための呼び水を用意できていなかった

 

吸うばっかりで循環ができていなかった

 

 

 

 

相方殿がとにかくまともな人で

 

潔癖でないところも含めまともな人で、やりとりしているだけで感化されていってる感じなのですが

 

ちゃんと何もかもを人のために投げ出しすぎない人です

 

自分に手間をかけることができているといいますか

 

 

 

 

私はまともになりたいまともでない人なので

 

まともな人ほど不快なものから距離をおき、まともでない人ほど不快なものと距離をつめると聞いてその真似事から入っている人なのですが

 

相方殿はもともとそれをやってるような人

 

 

 

 

距離感も決してべったりというわけではなく、関東人どくとくなものかもしれませんが、あっさりと踏み込みすぎることがないです

 

とてもまともだなあと、本人はそれが普通でむしろできていないとおっしゃるのですが

 

まともじゃない人間から見たら、とてもまともですよと

 

 

 

 

何でこんなまともな人とオンラインの世界とはいえご縁があったのだろうって

 

やっぱり2年間、自立的になるんだ〜って

 

一人でも生きれるようになるんだ〜って、自己愛にこつこつ取り組んだからだと思うのですよ

 

 

 

 

愛情って信頼の上になりたつものなんだと

 

不信や緊張の上でなりたつ、過干渉にされる家庭の出身である私にはとうてい遠かったものが

 

ようやっと知る事ができた気がします

 

 

 

自己愛とこつこつ、できてるかどうかはもちろん当者比較なのですが

 

セルフネグレクトの激しかった前よりは、まともになってきたと思うので

 

2年の間に愛情を受け取るための器形成を、一生懸命やってたのではと思います

 

血縁の意図はとにかく過干渉で、支配的で不安感に満ちたものだったので

 

とにかくシャットアウトしていたのが、やはり正解だったのではと

 

だって、振り返ってもだいぶまともではなかったので

 

しかも人ばかりを見て自分を見れてない人たちの意図なので

 

全くまともじゃなく不安と焦燥感に満ちすぎなものでしたから

 

いろいろとめちゃくちゃでしたけど、2年の親捨ては得るものが大きかったのではと

 

 

 

 

ネット上の人間関係も、まったく変わりました

 

踏み込みすぎず、踏み込ませすぎず

 

まともだなあと感じる人たちに囲まれることが増えました

 

 

 

 

平日の夜更かしなんて絶対しない人たちなので、こっちまで健康的なリズムになりつつあります

 

あんなに夜型だったのに

 

夜ちゃんと眠くなって、ちゃんと朝に安定して起きられています

 

あんなにリズムを整えようと努力して挫折して、余計なことを言われて苦痛を感じての繰り返しだったのに

 

あっさり、まったく頑張っている感なく

 

 

 

最初は寝込むだろうなと覚悟したおさんぽも

 

最初は確かに寝込んだのですが、2回めからはあまり寝込まず

 

疲れてはいますけども

 

 

 

 

姉の家にいた頃は、とにかく焦って頭で考えて早すぎることを無理くりやっていた感じだったのですが

 

今は無理なく自然にという感覚です

 

頭で考えすぎてたなと

久々に思ったことを書いてみる

 

実家に帰ってしばらくして、しばらく寝込んで徐々に体を動かし始めて

 

 

 

 

なんというか、しばらく寝込んだのは環境の変化に適応するためというのと

 

姉の家で無理をしていたのがたまっていたという感じがある

 

 

 

 

姉は姉で考えて提案をしてくれてそれを飲んで

 

家賃のかわりに平日の夜ご飯をつくるというのをやっていましたが

 

今の私の体にはだいぶ酷で、その疲れがたまっていて余分に寝込んだ気がします

 

 

 

 

善意です

 

でも、少なくとも昔よりは平和になった今の世の中悪行ってたいてい善意の上でこれが正しいからとなされるのではと

 

悪意の悪行は限られたもので

 

たいていは善意の悪行ではなかろうかと

 

 

 

 

自分なりに考えて意図してやるのに対して

 

そうしたいならこうしてみたら?というサポートのエネルギーではなく

 

こうなるためにこうしたら?という提案はどうしても、サポートではなく人の意図がまじってしまって

 

自分の意図で動くというのにどうしても不純物が混じってしまう気がする

 

 

 

 

じゃあ断ればよかったのではというと

 

世話になっている身で断るって、実質不可能でしょうと

 

どこまでも被害者意識な考えですが、今はこれが精一杯です

 

 

 

 

基本的にさちこの考えや気持ちを尊重するという習慣が実家や実家色の強い家族にはないので

 

自分の考えをもたないお人形のごとく、考えをおしつけてくるのですが

 

その考えが大変いけてないのですよ、、、

 

所詮不安感もりもりないけてない脳みそで考えたことなので、まったくもっていけてないのです

 

 

 

 

ただでさえ不安感でもりもりになって、考え事をしすぎた頭って思考が暴走してて早すぎるのです

 

つまり正しいのだけれどとても素晴らしいのだけれど、今はまだ早すぎるということを

 

しかも今の器に見合っていない考えをすばらしくなさっていて、それを押し付けられるってけっこうな苦痛です

 

虐待といってもいい

 

おまけに本人が不安がりなのでその不安を解消するためにとても過干渉な考え方をなさる

 

 

 

 

経験的に、自分を見えていない人ほど他人、特に自分に近しい人を見るのに一生懸命な気がします

 

そしてあれこれお節介で余計なアドバイスをしてきて

 

「あなたに言われましても、、、」と呆れ顔をされ

 

どうして言う通りにしないのとめくじらをたてられることもありましたが

 

「あなたに言われましても、、、」なのでしょうがないのではと

 

だって、所詮人って人を通して自分を見るので

 

たいていそれって私を通して自分を見て、自分にあてたアドバイスなので

 

アドバイスしてくるくせに本人は全くもってできていないか、付け焼き刃的に最近のマイブームだったりと

 

なかなか、なかなかなかなかめんどくさい、めんどくさい

 

 

 

 

自分が間違っている人ほどこれが正しいと、不思議な正義感を燃やしてめんどうな考えや念を飛ばしてくるあの現象なんなのでしょう

 

非常にめんどくさい

 

ほっといて、私には私の考えがあるのよ

 

私の考えに彩りを添えてくれる程度のことなら聞きたいけれど

 

そもそも、守ることと支配することの区別すらついてない人に、ゼロ100思考な完璧主義をこじらせている人に

 

そんなちょうどいい考えむずかしかろうと、今日も余計な干渉をさけたり跳ね除けたりと忙しいのです

 

ああめんどくさい

 

ほっといて、ご自分のことをなんとかしたら?めんどくさい

 

ああ嫌、ほんと