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ライオンズ中心になんでもかんでも

大晦日に書いたこちらの 記事
の後半戦です。
「続きは来年」とか言いつつもう2月になってしまいました。
果たして1月のオレは何をしていたのか…。


2013年
8月7日浅村栄斗逆転サヨナラ3ラン

いきなり移籍してしまった人の話でアレですが。
この頃彼がライオンズファンにとって最大の希望だったのは間違いない。
中島裕之が移籍したこの年、ショートを任せられることもあったが、途中から「4番ファースト」に定着。
「4番」「ファースト」どちらもまだ似合わない細い体ながら、勝負強い打撃で打点を稼いでいく。
この日2点ビハインドの9回裏2死1・2塁で打席に立つと、
ファイターズの守護神武田久から放った美しい打球はライトスタンドへ一直線。
22時を回って鳴り物が使えない球場にライオンズファンの叫びがこだました。
https://www.youtube.com/watch?v=c6XS-8Vx__g&t



8月18日栗山巧逆転サヨナラタイムリー
イーグルス戦、所沢、平日。そうそれは馬鹿試合の合図。
どちらも伝統的にリリーフに不安があるからなのか、
とにかく殴り合いの馬鹿試合を展開しがちなこのカード。
この日も岸孝之とダックワースという、どう見てもライオンズ有利なマッチアップ。
初回に2点を先行されたものの、2回裏にE.ヘルマンの満塁弾などで6得点。
しかし岸がピリッとせず点差を詰められ、7回には岡本洋介が松井稼頭央に同点3ランを被弾。
更に8回にはR.ウィリアムスがC.マギーに勝ち越し3ランを浴びる。
ウィリアムスはこれが来日2年目で初被弾。
優勝へ向かって突き進むイーグルスの勢いを肌身で感じるとともに、
ライトスタンドで歓喜するファンの「バーン」ポーズが凄まじかったのを覚えている。

それでも8回裏には2死1・2塁のチャンスを作り、3年目の秋山翔吾へ打順が回る。
イーグルスはベテラン斎藤隆に代えて、左腕の長谷部康平がマウンドへ。
しかしここで渡辺監督は意外な采配を振るう。
秋山に代えて代打スピリー。
「いくら秋山が不振で左相手とはいえ、打率2割そこそこのスピリー?」
驚きながら彼の登場曲である「ファッションモンスター」を聴いていたが、結果は案の定の見逃し三振。
9回裏相手は鉄壁とまでは言わないものの抑えのD.ラズナー。
さすがに3点差は厳しいと思ったが、ボールに力がなく大崎雄太朗、熊代聖人、炭谷銀仁朗の3連打であっという間に無死満塁。
鬼崎裕司の押し出し四球、E.ヘルマンのタイムリーで1点差としたものの、渡辺直人はホームゲッツーで2死2・3塁。
スタンドの全ての期待を背負ったキャプテン栗山巧がライト前へ鋭い当たりを放つと、
セカンドランナーヘルマンがキャッチャー嶋基宏にタックルをかましてサヨナラのホームインを踏んだ。
重い展開、優勝を争う相手と戦うプレッシャー、うだるような暑さを振り払うように栗山は興奮していた。
終わってみれば12-11。やっぱり普通に終わらないのが所沢でのイーグルス戦だ。



10月3日中村剛也勝ち越し弾
春先には首位に立ったものの、田中将大擁するイーグルスの勢いに飲まれ、8月途中から4位に落ち着いてしまったライオンズ。
浅村の勝負強い打撃、D.サファテの勝ち運、サヨナラ連発で10月1日を終えた時点で、3位ホークスに2ゲーム差とする。
2・3日に所沢でホークスとの2連戦があり、ライオンズはここで連勝しなければCSの可能性がほぼ消える状況。
初戦は牧田和久と寺原隼人の両先発が試合を作り、同点で迎えた8回裏B.ファルケンボーグから栗山巧が勝ち越し弾を放って勝利。
1ゲーム差で迎えた第2戦はホークスがエース攝津正を立てたのに対し、
ライオンズは先発がいなくなりルーキーでリリーフの増田達至。
最初から小刻みな継投覚悟で劣勢が予想された。
1点を先行したものの、3回表増田がピンチを作ると、
代った川崎雄介、岡本篤志が打たれ3点を奪われる。
しかし3回裏坂田遼の2点タイムリーで同点。その後1点ずつを取り合って、やはり同点で8回裏を迎えた。
前日と同じくマウンドにはファルケンボーグ。
先頭はこの日3四球と勝負を避けられていた中村剛也。
中村はこの年リハビリが続き、8月に一軍初昇格。本調子でなく、4番を浅村が座っていたことからこの日6番に入っていた。
3ボール1ストライクとされたところで、この打席も四球を覚悟したがホークスの選択は勝負。
5球目高めのストレートを空振りしフルカウント。
勝負のカウントでファルケンボーグが投じたストレートはど真ん中への146㎞。
全ての感覚を研ぎ澄ませて中村が一振りした打球はバックスクリーンすぐ左へ一直線。
これまで彼のHRを100本以上生で見てきたけれど、この当たりの美しさ、滞空時間の長さは一番だと思う。
そしてこの時の球場の盛り上がりは単なる勝ち越しと言うだけではなかった。
この試合の勝利を確信するとともに、CS進出をほぼ確実にし、
2010年9月以降苦渋を舐めさせられ続けてきたホークスを初めて上回ることができた瞬間だった。

そしてこの試合では6回途中ピンチでマウンドに登ると、打者5人を完璧に封じたルーキー高橋朋己の役割も大きかった。
夏場に一軍に上がってきた頃にはコントロールがボロボロでどこへ行くか分からないほどだったのに…。



2014年
5月2日岸孝之ノーヒットノーラン

この年はとにかくいいことがなかった。
6年間監督を務めた渡辺久信に代わり、伊原春樹が11年ぶりに監督復帰。
しかし結局これが致命的なキャスティングミスだった。
大味かつゆるんだ野球を引き締めなおすという狙いは理解できたが、
伊原監督は若い世代に寄り添った指導ができずチームには閉塞感が漂った。
しかも前年には涌井秀章、片岡易之、D.サファテ、E.ヘルマンが移籍。
正直監督が代らなくてもこの年はAクラスは厳しかったと思う。

開幕から調整不足による貧打、抑え十亀剣の失敗で何もいいことがなかった5月2日。
岸孝之がマリーンズ戦に先発。元々得意な相手ではあったが、
この日は特にストレートが冴え、マリーンズ打線を全く寄せ付けない。
「鬼門」の9回2死になっても落ち着きは変わらず。
最後は荻野貴司が力ないフライをファールグラウンドに上げると、脇谷亮太が大事に掴みゲームセット。
史上89人目、ライオンズでは1996年渡辺久信以来のノーヒットノーランを達成した。

それにしてもこの日のスタメン、渡辺直人、熊代聖人、栗山巧、浅村栄斗、中村剛也、森本稀哲、C.ランサム、炭谷銀仁朗、木村文紀。
うーんひどい。



7月2日斉藤彰吾サヨナラHR
この年結局伊原監督は6月に休養を発表。それ以降は田辺コーチが監督代行を務める。
シーズンはじめよりは良くなった気がするけど、それでもやっぱり戦力不足は変わらず。

この日は花巻が生んだ2大スター菊池雄星と大谷翔平の投げ合いに注目が集まる。
菊池は6回1失点、大谷は7回2失点でマウンドを降りリリーフ勝負へ移るが、
ライオンズは7回に登板したR.ウィリアムスが2失点。
更に9回に1点ビハインドで投入した抑えの高橋朋己も2失点で3点ビハインドに。
点差が広がったからか、ファイターズは離脱していた増井浩俊に代わって抑えを務めていたM.クロッタではなく、
前年までの抑えで故障離脱などもあった武田久が登板。
するとライオンズ打線が一気に襲い掛かる。代打大崎雄太朗、金子侑司、秋山翔吾の3連打で無死満塁。
渡辺直人のセカンドゴロで1点を奪い、1死2・3塁としたところで、
本来の抑えであるM.クロッタを引きずり出した。
一方ライオンズは3番でありながら栗山巧は8回の攻撃で退いており、打席には斉藤彰吾。
この時ライオンズファンの大半は2死2・3塁で4番中村剛也が敬遠されるかどうかを気にしていたと思う。
それもそのはず。斉藤はプロ7年目で通算でも8安打。この年は代走が中心で6打数0安打だったからだ。
「こんなことならもっとどうでもいい場面で立たせて慣れさせておけばよかった…」
中継を見ながらそう悔やんだのを覚えている。
案の定2-2と追い込まれたがその後大きなサプライズが待っていた。
真ん中高めに浮いたスライダーを捉えると打球は高々と舞い上がりライトスタンドへ着弾。
彼にとって今季初安打はプロ初HR、もちろんプロ初のサヨナラ打。
守備走塁でプロの世界を生き抜く男が一段と光り輝いた日となった。



2015年
7月14日秋山四球からの中村サヨナラ

この年はとにかく秋山翔吾の年だった。
フォーム改造が功を奏し、オープン戦から打ちまくって首位打者に。
シーズンに入ってもその勢いは全く衰えず、不動の1番として3割後半の打率を維持し続けた。
6月3日からは毎日ヒットを放ち続け、7月12日まで歴代3位タイ31試合連続安打をマーク。
プロ野球記録33も目前に迫ったが、14日イーグルス戦は則本昂大の前に7回の第4打席までヒットは出ず。
1点リードで9回に入り記録ストップかと思われたが、抑え高橋朋己が同点に追いつかれそのまま延長戦へ。
延長10回に回るはずがなかった第5打席が回り、記録更新へ期待が高まる。
しかし八戸学院大の先輩である青山浩二は力んだのかいきなり3ボール。
その後フルカウントまで持ち込むが、最後は秋山が微妙なボールを見切って四球に。
球場はため息に包まれたが、1・2塁とした後4番中村剛也が見事なサヨナラ3ラン。
大記録を目前にしてフォアザチームを貫いた秋山の姿勢がサヨナラ勝ちを呼び込んだ。
そしてそんな姿を野球の神様は見ていたのか、秋山はこの年プロ野球新記録となる216安打を放つことになる。

一方チームは翌日からオールスター休みを挟んで泥沼の13連敗へ突入していく…。




9月27日森本稀哲、28日西口文也引退試合
対照的なキャラクター、キャリアを歩んできた2人が現役を引退したのもこの年。
2014年にベイスターズからテスト入団で加入した森本稀哲は持ち前の明るさでチームを盛り上げ続け、
戦力不足のチームにとって欠かせないコマとなってくれた。
この年は出番がほとんどなく、9月に引退を発表。27日イーグルス戦が引退試合となった。
8回表から外野の守備に就き、打席は回ってこないかと思われたが、
その裏ライオンズナインは「稀哲さんに回せ」を合言葉に必死の繋ぎを見せる。
4人が出塁して打席が回ってきたとき、森本はもう既に涙を流していた。
試合後の引退セレモニーではチームメイトとファンの声援に心から感謝を表してくれた。
優勝には遠く及ばず、選手が流出する悲しみに暮れていたライオンズファンにとって、
目標に向かって必死に繋ぐナインの姿と、森本のスピーチがこのチームの素晴らしさを再確認させてくれた。





そして翌日がフランチャイズプレーヤー西口文也の引退試合。
言わずとしれた1990年代後半から2000年代までを支えたライオンズのエース。
主力が次々と移籍する中でも、飄々と投げ続けてくれた。
通算182勝を挙げながら、日本シリーズ未勝利、ノーヒットノーラン未遂3度と不運(?)の持ち主。
そんな彼の引退試合はやっぱり苦笑いの展開となった。
CS進出が懸かった試合だけに完全に引退試合モードになりきれなかったこの日のライオンズ。
岸孝之が登板回避し、菊池雄星が先発するが1点ビハインドで5回へ。
2死となり井口資仁を迎えたところで、この日の主役はブルペンからマウンドへ。
「え、ここで?」と言いたげな表情で往年と変わらぬフォームで腕を振ったが、結果は微妙なコースながらも四球に。
降板を告げられ万雷の拍手を受けながら、いつも通り淡々とマウンドを去って行った。
セレモニーではグラブをルーキー高橋光成が「継承」。
その高橋が4年後の今年から背番号13を継承することに。
次にライオンズでこんな盛大なセレモニーができるのはいつのことだろうか…。





印象深い試合を中心に8年間を振り返ってみたけれど、この8年間は何だったのだろうか。
2010年までは2008年優勝メンバーをベースとして、十分な戦力があった。
しかしその後主力選手の移籍が続くと、渡辺監督は「采配」と言うより「やり繰り」に重点が置かれていく。
牧田和久や涌井秀章が抑えになったり、浅村栄斗があちこち守ったり。
それはそれで良い影響をもたらしたものもあったけれど、
やっぱり泥縄感が拭えずシーズンを乗り切る力はなかったと思う。
ただ勝負所では渡辺監督の「やり繰り」が功を奏し、2011・13年は奇跡的にCSへ進むことができた。

2014年以降は振り返ってみれば迷走期とも言える。
伊原監督を復帰させた狙いは分からないでもなかったが、とことん噛み合わず。
監督になるつもりはなかった田辺監督時代はビジョンを見失ってしまったように思える。
先が見えない時代だったが、この間に若手はひっそりと確かに力を付けていった。

2016年オフ、秋山幸二や宮本慎也の招聘報道が流れる中で就任した辻発彦。
モチベーターとしても優秀で若いチームの背中を押し続けた。
伝統のスカウティングを発揮して獲得した源田壮亮が暗黒時代の脱出へ最後のピースとなった。
そして2018年。2016年までにもがいてきた山川穂高、外崎修汰、森友哉らが見事な活躍。逆に言うとチームが苦しんでいた時代にスカウトがいい仕事をしてくれたわけだ。
フロントも榎田大樹、D.ヒース、K.マーティン、小川龍也と次々と好投手を獲得。
久々に「補充」ではなく「補強」を果たしてくれた。

ライオンズのように大型補強できないチームは、
毎年しっかりスカウティングをしていい素材を獲得して、確実にそれを育て上げる。
優勝できそうな年には積極的に動いて、足りないところを大胆に補っていく。
結局そのことに尽きるというのがこの8年間からの学びだろうか。

今年中には新たな寮と室内練習場ができることが決まっている。
新しい施設で育成を磨き続け、またみんなで優勝しよう。