皇太子殿下御手播松(垢田八幡宮) | ねりえ日和

ねりえ日和

本州の西の端・下関から 石碑やモニュメントを中心に

 

垢田八幡宮境内、八幡宮の拝殿向かって左隣には

八幡宮と同規模の拝殿を有する

摂末社・天之御中主神社があります。

 

元々は海の近くの黒崎と呼ばれる場所

(現在の綾羅木南町三丁目の海沿いようです。)にあり、

「黒崎妙見」とも呼ばれていました。

しかし、船がその前を通る時に帆を三合下げて

挨拶をしなければ、難破・座礁してしまうことから、

1715年に別の場所に遷座。

更に、明治39年(1906年)に、現在地に遷座しました。

 

 

天之御中主神社拝殿前に建てられている

「皇太子殿下御手播松」の碑です。

大正15年(1926年)に当時の皇太子(後の昭和天皇)が

行啓した時のものです。

当時この地はまだ下関市合併前で、

「川中村」と呼ばれていました。

 

松については、周囲には

植えられていた様子すら見当たりません。

 

場所は↓こちらです。