2022.12.3

いよいよ紅葉は殆ど散り、関東の山々も氷柱や霜柱が目立つ様になってきた…。

自分の岩稜帯に於ける身の熟しがまだまだ鈍い事を思い知り、剱岳に挑んだり、奥穂高岳の日帰りを完遂して来た。

しかしながら、それでもまだその力をアルプスなどにて出し切るには不十分だった。
痺れを切らしたムフェト・ジーヴァが遂に、自分を徹底的に追い込むためにとある縦走路へ連れて行った。

それは、表妙義縦走路 だった…。

表妙義縦走路…それは剱岳は愚か、大切戸やジャンダルムをも遥かに凌駕する、壮絶な厳しさを誇る日本最難関の一般登山道。

今回ムフェト・ジーヴァネルギガンテが、リスクや天候を考慮して今まで敬遠しまだ未踏だった、茨尾根から鷹戻しを経て行く金洞山を含めた、
表妙義完全縦走”を攻略する事にした。

頑張るぞー!

まだ日も明けぬ寒空の朝…妙義神社駐車場を発つ。
県道を歩き、小さな小道を歩き妙義神社にて祈りを捧げる。

そして、神社裏手の門を越え階段を登っていく。

遂に一般登山道日本最難関たる表妙義縦走との戦いが始まった。

ざれた木の根の急登を登っていく。
水の枯れた沢を何度も渡渉し、一気に高度を上げていく。
程なくして最初の鎖場が現れた。

金洞山の鎖場は間違いなく腕の力を要するため、白雲山領域では出来る限り3点支持を使って抜ける様にしなければならない。

次なる鎖場は、大の字の基底へ繋がる急な鎖場。
岩が湿っていて足が滑ってしまう…仕方なく鎖を握り這い上がる事にした。

鎖を這い上がると、大の字の基底に着いた。
ここから一旦大の字へ向かう。
石鎚山で言えば、「試しの鎖」の様なものだろうか…足場の掘られた垂直の鎖場を上り詰めて大の字に立つ。

ここからは朝焼けに照らされる御荷鉾山系の姿…後ろ振り返れば、これから挑む高く聳り立つ白雲山が威圧感満載だった。

ここで遊んでいる暇はない。
大の字を下降して、今度は辻を経て縦走路へ続く奥の院へ向かう。

ざれた急登が容赦なく身体を蝕んでいく…だが此処でへばっていては鷹戻しは夢のまた夢。

程なくして奥の院へ着いた。
1ヶ月ぶりとは言え、やはり目を見張る程の絶壁であった。

最初の取り付きを除き、できる限り鎖を使わないで這い上がる。

みるみるうちに下の世界が遠ざかっていく…いよいよ妙義山の本気が見えて来た。
横移動を経て、岩溝内直立4連30m鎖場を抜ける。

次なるは右側が谷底まで切れ落ち斜めに伸びる7m外傾鎖
濡れてはいるものの、手足を掛けられる窪みが多いので、3点支持で足早に駆け抜ける。

此処を越え少しの岩稜を登り詰めると、見晴らしに辿り着いた。

眼下にはさっきまでいた妙義神社、上信越自動車道、はるか向こうには上毛三山の榛名山赤城山、北には丁須の頭浅間山が異様な雰囲気を醸し出していた。

見晴らしで少し休み、いよいよ死の恐怖に満ちた頂稜攻略が始まる。

手始めに肥満岩(メタボ岩)。
狭すぎて通り抜けられないので、横から這い上がって岩を登っていく。
肥満岩を過ぎて、少し歩くと…白雲山に於ける難所の一つであるビビリ岩のお出まし。

垂直に延びる鎖を登り、今度は北側に切れ落ちた絶壁を斜めに這い上がる。
弱いながらも吹き付ける冷たい北風…キンキンに冷えた鎖を握る度に手が悴んでしまう。

手を温めながらビビリ岩を乗り越えるも、間髪入れずに今度は背鰭岩が出てくる。
まるで日本刀の刃の上を歩く様な岩稜帯…両側は数100mは切れ落ちているという最悪の場所。

下を見ずに一気に登り詰めて行く。

高度感に浸っていると、大のぞきに着いた。
此処から見る天狗岩の絶壁は、なんとも美しく、そして底無しの恐怖を覚える。

大のぞきからは、一気に妙義切戸への長い鎖場の下降となる。
まるで滑り台の様な鎖場……足を踏ん張るも濡れていて滑る。
恐怖で鼓動が早まってくる。
だが、なんとしても下り切らなければどうにもならない。

苦しめられて間も無く、妙義切戸の底に着いた。
此処から再びさっき見えたあの絶壁の頂へ登り返す。
北風にさらされた沢が、幾重もの氷柱となって不気味な世界と化していた。

長い急登を登り返すと、天狗岳の山頂。
天狗岳からは、タルワキ沢の大峡谷を挟んで表妙義最高峰の相馬岳が覗かせていた。

少しの休息を挟み、凍った稜線をひたすら下降してタルワキ沢へ下る。
以前相馬岳へ歩んできたあのタルワキ沢…今回は下りることはなかった。

そう、金洞山へ向かう為に。

南側が切れ落ちた強烈な急登を登っていく。
白雲山天狗岳での疲労がどんどん蓄積していくのが、脹脛の悲鳴でわかった。

眼下には第二見晴らしと金鶏山、そして米粒となった車や人々の営みが見えている。
極細の痩せ尾根を歩き続け、足が突っ張って来た頃……。

やったぞー!

遂に表妙義最高地点の相馬岳へ辿り着いた!

北側には谷急山、浅間山が覗かせている。
南側には、今までこの日の為に鎖場の練習でお世話になった大桁山、鹿岳、黒滝山をはじめとした西上州の名だたる山々があった。
そして西を向けば、長大な茨尾根を経て、いよいよ表妙義の本来の怖さを物語るあの金洞山が不気味な出立ちで聳り立っていた。
さらに向こう側には、不沈空母荒船山、地平線の彼方にはムフェト・ジーヴァ懐かしの八ヶ岳が、長い尾を引いて屹立していた。

まだ表妙義縦走は、白雲山の領域しか終わっていない。
強いて言えば半分も終わっていない……。

1枚目:金洞山、荒船山、八ヶ岳

2枚目:浅間山

3枚目:鷹戻し、東岳、中之岳、西岳、星穴岳。


束の間の朝食……朝食とは言え、健康補助食品をただ口に入れるだけ。
こんな命に関わる様な世界でトーストとコーヒーをいただく余裕は、今の自分には皆無だった。
脹脛を伸ばしたのち、相馬岳を下りいよいよ未知なる領域である金洞山に向け茨尾根へ進む。

一同がこの先、絶望の淵に立たされる事になるなど、まだこの時は一切知る由もなかった……。

相馬岳を過ぎ一度裏相馬岳を越えて、ざれた急坂を一気に下る。
一段一段高い岩稜帯とざれ場が、容赦無く膝を破壊してくる。

筑波連山往復縦走から一週間近く安静にしていたとは言え、仕事疲れなどもあって腸脛靭帯炎の完治には至らなかったのか、再び右膝に鈍い痛みが出て来た。

茨尾根に近づくと、今度はあの大覗きを思わせる長い滑り台の様な鎖場が谷底に向かって延びていた。
茨尾根そのものは、稜線上というより北側斜面をトラバースする様に道が開拓されているため、日陰は濡れていたり凍っていたりする……。
つるつる滑る岩に足を密着させて、なんとか鎖場を下り切った。

下り切った先は、茨尾根の底と呼ばれる何もない荒れ果てた謎の場所だった。
此処で一旦休憩を挟み体制を立て直す。
縦走路はまだ半分も越えていない……膝の痛みと共に絶望が押し寄せてくる。

此処からは、金洞山へ続く茨尾根そのものを越える戦いが始まる。

南側に切れ落ちた絶壁の淵に抉られた、狭隘な土の道を歩き進める。
その先には、鎖のない垂直の岩塔が幾重にも重なっていた。

それは相馬岳から茨尾根を見た時にもはっきりと覚えていた……あの鋸の刃のような稜線を今歩いているのだと。

岩もぼろぼろでなかなか掴めない。
木の根もところどころ抜けかけていて、殆ど信用できない。
太く生えた木々を掴んで登るのが精一杯だった。

岩塔を一つ越えると、またまた高い岩塔が見えて来た。一旦下り、再びぼろぼろの木の根の急登を登り詰めていく。

一同の足は、そろそろ限界を迎えそうだった。
だが、まだ鷹戻しはずっと先に聳り立っている。
こんなところで音をあげている余裕などない。

急登を越え程なくすると茨尾根の頭へ辿り着いた。
岩が挟まった異様な山頂は、ほぼ全方向を見渡せる。
後ろにはあの相馬岳が高く立ちあがり、これから向かう方向には、もはや一枚の壁にしか見えない鷹戻しがあった……。
眼下には走り屋がいつものように爆走している。
本当に完走し切れるのか、一抹の不安を抱えつつ次へ向かう。

茨尾根の頭を過ぎて、少し下ると堀切に出る。いわゆる此処が、鷹戻しを選ぶか諦めるかの究極の選択を迫られる分岐点となる。
既に一同の足は疲れ切っている、膝も痛み出して来た。

悩んだ末……鷹戻しを選ぶ事した。

正直次こんな恐ろしいところに来るのかは、はっきり言ってわからない。
リスクの塊のような場所に何度も通い詰めるのは、今の自分には到底不可能。
やるなら今しかない……。
鎮痛剤とアミノ酸を投薬したのち、鷹戻しへ歩みを進めた。

堀切から先には、鷹戻しの手前に堀切の塔という岩稜が聳え立っている。
堀切の塔は、北側を巻くように通過することができる。
塔の裏側に行くと、やはりといっていいのか斜めに這い上がる鎖場が出てくる。
岩も湿っていてなかなか怖い。

塔の裏側を歩き進めてまもなく……茨尾根の最難所とされている御椀渡りが出て来た。
お椀状に抉れた内壁に、緩く垂れ下がった3支点2連の鎖がつけられている。

お椀の下は、まっすぐ谷底に向かっている……その上、鎖場のあるお椀は湿っているどころか凍っている……。
此処を進まないと鷹戻しに行けない。
何度絶望を突きつけられればいいのか…心が折れる寸前だった。

此処は仕方なく鎖にぶら下がり、足の裏全てを密着させて渡っていくしかなかった。
ゆっくり慎重に歩みを進めてなんとか通過した。

御椀渡りを越えると、目の前にはほぼ壁のようなあの鷹戻しが見えて来た。
いよいよあの絶壁を登る瞬間が訪れる.....。
冷たい北風が、妙に緊張感を煽ってくる。
鼓動も早くなる。

道がいよいよ狭くなり、石ころと木の根の急登に差しかかった時……傾斜角95°はあろうかという鎖場が出て来た。

鷹戻しへ続く入り口だった。

この鎖場を越えると、いよいよ鷹戻しが出てくる。
気合いを入れ直し、岩の突起に足を掛け一気に攀じ登る。

よじ登った先には、アルミで出来たあの長い梯子が出て来た。
焼岳や皇海山にあるものとは、明らかに次元の違う恐ろしい代物だった。
梯子を登り切り下を覗くと、既に茨尾根は遥か真下にあった。

そして……此処から、遂に表妙義最難関の一つに数えられる「鷹戻し」を攀じ登ることになる。

鷹戻しは巨大なナイフリッジで来た岩稜上を登り、大きく分けて4段の垂直の鎖場に分かれる。

手始めに鎖が2本かかったつるつるの岩場を、足の裏を密着させて岩稜上を巻きながら牛蒡抜きで登る。
これを越えると足掛かりが沢山ある鎖場が出て来て、これも3点支持にてやり過ごす。
この上は、足掛かりが小さな緩く垂れた杜撰な鎖が掛けられた岩稜帯を登る。
真下はもう戻ることすら許されない、狂気の世界が広がっていた。
両側も凄まじく切れ落ちていて、高度感が身体を包み込んできた。
最後の鎖が最も長く急で、足をかけるところが殆どない最悪の壁だった。

腕の力がみるみるうちに奪われていく……悍ましい恐怖に苛まれて間も無く、蟹の横這いあのような鎖が現れた。
厳しい鷹戻しが終わりを迎えたのだった。

鷹戻しを越え短い垂直の鎖場を登り詰めると、金洞山最初の休憩所となる鷹戻しの頭へ辿り着いた。
休憩所とは言え、木々に覆われて展望があまりない。看板には何も表記はなく、岩塔の上にある為一切休まらない。

そもそも此処から、妙義山の本当の怖い場所へ続くというのだからもはや絶望感で満ち満ちていた。

鷹戻しの頭を一旦下り、小さな岩塔へ寄り道してみる。そこは中間道や県道196号線からいつも見ていたあのそり返った尖塔鷹返し岩の頂だった。

今まで憧れていた鷹返し岩の頂からは、さっきまでいた相馬岳が遥か遠くに聳え立ち、痩せ細った茨尾根の岩稜帯が鷹戻しを経て一気に金洞山へ突き上げていた。

北を向くと浅間山が聳え立ち、少し西を向くと、この前挑んだ槍ヶ岳奥穂高岳が雪に包まれ白く輝いていた。

異様な世界を堪能するのはいいのだが、まだ妙義山は終わらない。

もっとも……本当の恐怖は此処から先である。

鷹戻しの頭を下り、細い岩稜帯を歩く。
木々があって安心してしまうが……両側は言うまでもなく数100mの垂壁。

金洞山において油断することは死を意味する。

鷹返しのコルを過ぎて少し登ると、2段ルンゼの頭が出て来た。
その先にある東岳では、先行している登山者が手を振ってくれた。
振り返って此処から見る鷹返し岩は、やはり迫力がある。

2段ルンゼの頭を越え、東岳側の絶壁に身を乗り出すと……遂に表妙義に於いて最高峰の難易度とされている岩溝内垂直2段25m鎖場

通称「2段ルンゼ」が姿を現した。

上が13m、下が12mに分かれた、オフィスビル8階相当に達する垂直を通り越した岩溝にかけられた鎖場。

悉くを殲ぼすネルギガンテと行った、あの高岩の恐怖が蘇る。
僅かな岩の突起物に足を置いていくのだが、ところどころ下が見えない。
被り気味の壁で蝉のように岩にしがみついていては、絶対に降りられない。

鎖を全力で握って身を乗り出し、次に足を置く場所を見つけて、狙いを定めて足を下ろす……。
腕が一気に悲鳴を上げてくる……この日だけはきっと全身を痛めつけることが確定していた。

腕が震えて来た頃、なんとか2段ルンゼを降りて来ることができた。
此処から細い岩稜帯を再び東岳へ向けて攀じ登っていく。

程なくして垂直の鎖場がまた出て来る。
両側が見事に切れ落ちた岩塔へ続く……こんなひどい鎖場はどこを回っても見た事がない。
垂直の鎖場を越えて振り返ると、異様な出立ちを見せる2段ルンゼの姿があった。

岩塔を越えて、細い岩稜の急登を登り詰めると、東岳へ辿り着いた。
山頂は標識を除いて何もない。

そもそも四方全てが、断崖絶壁で囲まれた岩塔の上だった。

時刻はいよいよ正午を迎えた。
こんな死と隣り合わせのような所で休憩なんてもってのほか……次なる中之岳へ急ぐことにした。

中之岳へは、垂直の鎖場を下降したのち、金洞山の難所の一つとされる瘤岩を越えなければならない。
垂直の鎖場も目の前は南側へ切れ落ちた絶壁……慎重に足を置き、瘤岩へ続く岩稜帯を進む。

岩稜帯は更に細くなり、白雲山にあった背鰭岩が可愛く思えて来るような痩せ細ったナイフリッジを渡っていく。
見た目はまるで戸隠山にある剣の刃渡り
正気の沙汰とは思えない細い岩稜を四つん這いで渡り切ると、瘤岩への垂直の鎖場が出て来る。

瘤岩そのものは巻いて越えるのだが、その脇はやっぱり断崖絶壁。
震える足をなんとか落ち着かせ、瘤岩をやり過ごす。

瘤岩を越え、凍った急登を這いつくばって攀じ登って行くと、遂に表妙義縦走路の終点である中之岳へ辿り着いた。
眼下にはこれから向かう中之岳神社、更に西を向くと西岳星穴岳の姿。

此処から見る東岳2段ルンゼの頭、そして相馬岳……日本とは思えない何処か異国情緒漂う異質な雰囲気に包まれていた。

日もいよいよ傾き始めた。
長いは出来ないので足早に中之岳神社へ向けて下る。
下るとはいっても此処は妙義山……ただで下りさせてもらえるほど甘くはなかった。

下り始めて間も無くやはり長い鎖場が出てきた。
垂直に延びる2段15m鎖場だった。
足場が僅かながらに切ってあるものの、此処も被り気味で下が見えない。

足場を探すのも辛い……腕の力もかなり削がれている中なんとか下りてこられた。
西岳及び星穴岳との分岐点から振り返ると、もはや超高層ビルというか…コンクリートブロックのような不気味な姿をした中之岳が聳り立っていた。

分岐点からがれた下りを経て緩い鎖場を下りる。
いよいよ膝の痛みも増して来た……ざれた絶壁の淵を歩く道が中間道まで情け無用で続く。
見晴らし岩が見えて来た時、中間道に合流した。

中間道からは、比較的安全な階段と石段の下り。
膝は痛いものの、もう稜線上で見た絶望のどん底を味わうことはない。
程なくして轟岩のお社が見えて来た。

お社にて無事の報告をし、階段を下りる。
いよいよ、何処か見覚えのある黄金の大黒天が見えて来た。

そして、日が暮れ始めた頃……。

無事に下りて来られました〜!

遂に表妙義縦走路を完遂することができた。

駐車場から望む金洞山の姿……それは神々の座す姿を思わせる美しい岩峰だった。
一気に緊張から解き放たれた瞬間....気合いや覚悟、あらゆる力という力を結集させる経験というものを少しだけ得られたように思えた。

冬の始まりを告げる妙義山にて、究極の生命の駆け引きを味わったネルギガンテとムフェト・ジーヴァであった。

このあと、温泉とお食事を済ませて帰宅の路へつく……。

ご馳走様でした!

翌日に、全身が筋肉痛になったのはいうまでもない……。
来年のアルプスの縦走で、何処まで通用するか実物である。

次は何処のお山へ行こうかなぁ〜!