2022.10.3
夏を迎えたと思ったら、あっという間に過ぎ去ってしまった。
誘いに導かれしものは
疾風にさらわれ その風が闇の化身と知る
贄は避けられぬ闇に覆われしまま
生果てるまで吸い尽くされ
給仕はひたすらに主への緑酒を捧げ続け
贅を尽くし満を持して 闇は月光の下 姿を現す
頑張るぞー!
降り着いたのは、午前3時の馬場島。
真っ暗闇の広場には大きな石碑が置いてあり、そこには試練と憧れと書かれていた。
試練と憧れ……何処かで聞いた事がある文言だった。
実は今回挑むのは、富山県に聳え立つ
北アルプス 剱岳
標高は2999mと3000mには僅かに満たないものの、富山平野から見るその威容は本場欧州アルプスにある4000m級のお山に引けを取らない圧倒的な姿を見せる。
遠くからも見える極めて峻険な山容は、登山道そのものにも如実にあらわれていて、鎖場や梯子が連続することから日本百名山の中で一般登山道において最も危険な山とも称される。
馬場島には試練と憧れの他にも、立山ライオンズ倶楽部が寄贈した劔岳の諭も置いてある。
劔岳の諭にはこう書いてあった……。
1.劔岳は岩と雪の殿堂である
心身共鍛錬された人々よ来れ
1.気象は激しく変動する
冷静沈着な行動に徹せよ
1.掟は厳しい
力と勇気をもって苦難に挑め
1.自然は生命を躍動させる
無垢な姿を永久に
1.山に寄せる心の昂まり
劔岳は逞しさと豊かさを育む
つまりこれは、はるか昔より剱岳に挑んで遭難した数多の登山者を慰霊するための鎮魂の社である。
馬場島からいよいよ剱岳へ向けて登っていく。
このルートは早月尾根と呼ばれ、北アルプス3大急登のひとつに数えられている。
往復距離14kmに対して標高差は約2200mに達し、所要時間半日間ずっと命懸けの山行を強いられる。
剱岳には早月尾根と、もうひとつ室堂から行く定番ルート別山尾根があるが、こちらも蟹の縦這いや蟹の横這い、平蔵の頭と言った非常に危険な難所が連続する。
出だしは概ね樹林帯の中を登っていく。
丸太の階段やざれ場、木の根などが密集した急登が中心で、まだ未明ということもあって少し肌寒い。
汗が少しだけ滲んでくると、松尾平に着いた。
一旦平坦な道が続くが、これはほんの一瞬でありまたすぐに急登が出てきた。
登るにつれてどんどん空が明るくなっていき、稜線の向こう側には毛勝山や燐寸箱と言った剱岳の北方稜線に属する峰々が見えてきた。
眼下には光り輝く富山市街地が見え、その向こうには寒ぶりやほたるいかで有名な富山湾が覗かせていた。
足が疲れてきた頃には、剱岳の向こう側の空が赤く染まってきた。
北方稜線がより一層際立って見え、剱岳がまさに不動明王の持つ大剣のような出立ちを見せていた。
小さな池塘を越えると、樹林帯の道がさらに急勾配になり、ざれた岩場も出てくるようになった。
季節的には秋ということもあって、稜線の両側には真っ赤に紅葉した木々が並んでいて一瞬ながら疲れを忘れさせてくれる。
さらに進むと、早月尾根が少しずつ恐るべき片鱗を見せてきた。
ざれた岩場がさらに急になってきて、樹林帯の中にも関わらず短い鎖場や梯子が出てくるようになった。
今まで自分が抱いていた剱岳の想像では、山頂近くになって鎖場や梯子が出てくるものだと思っていた。
しかし、剱岳は自分の甘すぎる想像をさらっと超えてきた……。
この辺りでようやく2000mを超えてくる。
周りを覆い尽くしていた樹林帯も少しずつ木々がまばらになり、景色が見えるようになった。
背後には時既に米粒のように小さくなった馬場島と、その向こうにうっすら富山湾や能登半島が見えていた。
急な岩場を抜けると、はいまつが混じってきた。
その場所は丸山と呼ばれ、事実上の早月尾根の中間地点にあたる。
ここからは、まだまだ天に延びるように続く早月尾根の岩稜が見え、絶望感が襲ってきた。
丸山を越えて少しだけ進むと、早月尾根唯一の山小屋である剱伝蔵小屋(早月小屋)に着いた。
実は剱岳において早月尾根は水場が一切ない。
したがって、飲み物の購入含め水分補給をする場合はこの早月小屋でしか出来ない。
早月小屋にて休憩時間とする。
涼しくなった風を浴びながらのんびりと休んでいたが、まだ自分は知らなかった。
剱岳はここから先が本番であるという事実を……。
早月小屋を後にして、いよいよ剱岳の山頂を目指す。
木々がまばらになったとはいえ、まだ樹林帯はしばらく続く。
しかしもうさっきから岩場は容赦無く出て来て、やはり鎖場が断続的ではあるがたくさん出てくるようになった。
崖沿いの際どい道が出てくるようになり、お世辞にも安全とは言えなくなった。
この時点で2400mを超え、かなり急な鎖場もちらほら出てくるようになった。
足はかなりもつれてきて、大きな段差ともなるとまともに上がらなくなった。
へとへとになりながら登っていくと、大きな岩に無数の杭が刺さった仮設の道が出てきた。
これと言って難しい訳ではないが、すぐ横は早月川に向かって切れ落ちていてかなり高度感を煽られる。
鎖場とざれた急登の波状攻撃に翻弄されていると、いよいよ2600mを超えた。
見上げると、まだまだ早月尾根は壁のようにそそり立っていて、まさに立山信仰における針山地獄を彷彿とさせる。
この辺りからはいまつの尾根道に変わり、脆い岩屑だらけになった。
鎖場の角度もさらに急になり、垂直に近いものが連発してきた。
急登もさらにきつくなってきて、みるみるうちに天空に駆け上がるような感覚になる。
いよいよ雲を突き抜け、真横に奥大日岳を望むようになってきた。
脆い岩屑の道はさらに劣悪になり、適当に足を置くとすぐ岩雪崩になりかねない。
きつい鎖場をいくつも越えると、剱岳の早月尾根における核心部に突入した。
まず出てくるのは蟹の鋏。
垂直に聳り立つ巨大な岩の塔に、極細の回廊が横に続いている。
所謂断崖絶壁のトラバースであり、小さな岩の突起に足を置いて通過する。
足場の間隔が広いところには鉄の杭が刺してあり、それを利用して足掛かりにする。
すぐ目の前は早月川まで絶壁になっていて、ずっと下まで見える為凄まじい恐怖が襲ってくる。
蟹の鋏を越えると次に出てくるのは、獅子の岩。
まるで槍ヶ岳にあるような鉄鎖懸垂を思わせる、垂直の鎖場が連続した。
立山連峰のお山は岩の食いつきはそこそこ良いが、剱岳は飛騨閃緑岩、斑糲岩、輝緑岩にて構成されていて、それらの岩が長い年月の造山活動と無数の氷河による侵食活動で出来た。
特に斑糲岩は滑りやすく、足をとられると非常に危険な代物である。
長い岩稜の急登を登っていくと、無数の岩屑に覆われた回廊が見えてきた。
その向こうには、小さな標識が建っていた。
別山尾根との合流地点に来た事になる。
ここまで来ると眼下に別山尾根が覗かせていて、有名な難所蟹の縦這い、蟹の横這い、平蔵の頭、前剱の門などが見えた。
早月尾根に比べて危険な鎖場が多く、盛夏になるとあの槍ヶ岳のように大渋滞を起こすこともある。
別山尾根との合流地点を越え、あとはがれ場の回廊を歩いていくのみ。
そこから歩き続け、登り始めてから7時間ほど経った頃……。
やったぞー!
遂に剱岳の山頂にたどり着いた!
2999m、立山信仰における針山地獄の頂に今立った瞬間である。
山頂には吹雪にも耐えられる大きな祠と、山頂を示すいくつかの持ち運びできる標識が置いてあった。
祠の傍らには、計り知れない苦難の果てに置かれた三角点が埋まっていた。
若干空は薄曇りになっているが、概ね晴れていた。
すぐ目の前には剱沢雪渓、平蔵谷、長次郎谷、池の谷、東大谷と言った有名ガイドの名をとった圏谷群を望み、北方稜線、八つ峰、源次郎尾根、小窓尾根といった鋸歯状の岩稜が四方に延びていた。
山頂からは、圧巻の絶景が広がっていた……。
1枚目:白馬岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、頸城山塊。
3枚目:早月川、富山湾、能登半島。
5枚目:白山。
そのほか、浅間山、北岳、木曽駒ヶ岳、乗鞍岳なども望むことが出来た。
山頂にてたっぷり絶景を堪能しながら休憩したのち、今度は長い帰路へ向かう。
この時点で午前10時をまわっていた。
もたもたしていると、どんどん日が傾いてしまう。
いくらまだ秋とは言え、もう夏至からかなり遠ざかっている為日没はそれなりに早い。
一刻も早く、安全な樹林帯の中へ行かなければならない。
とはいえ、剱岳は事実全行程急登なのでほぼ安全な場所は無いに等しい。
足が竦むような急な鎖場を経て、獅子の岩を通過する。
登りでは疲れながらもすんなりいけたものの、下りでは完全に疲れ切った膝を抱えて下りる為なかなか上手く下りられない。
剱岳は登りより下りの方がきついのである。
獅子の岩を抜けると、すぐさま蟹の鋏が出てきた。
すぐ真下は早月川が見えていて、深く谷底へ向かっていた。
疲れてまともに言うことの聞かない足に喝を入れ、切れ落ちた絶壁の回廊を慎重に越えていく。
なんとか蟹の鋏を抜けるが、まだ早月小屋はとてつもなく遠い。
細い岩稜帯が延びていて、その向こうにはまだずっとはいまつに覆われた痩せ尾根が続いていた。
足がかなりもつれていて、ほんの少しのざれ場でも転びそうになった。
こんなところで転んだら、下手すればそのまま谷底へ真っ逆さまになりかねないのでとても怖い。
まさに生命の駆け引きをこの場で味わっているような感じである。
まるで永遠に続くような悍ましい尾根道をだらだら下りていくと、少しずつ早月小屋が見えてきた。
取り敢えず彼処まで行けば休憩が出来る……。
ふらふらになりながら下り続け、時刻は13時を迎えた頃ようやく早月小屋に着いた。
ここにて最後の休憩とする。
水分補給は抜かりなく行い、出来るだけ低血糖を起こさないようにおやつを口に放り込んだ。
早月小屋を後にして、いよいよ馬場島へ向けてもう一踏ん張りである。
しかし、見ての通り木々の合間から覗き込むと駐車場はずっと下……。
米粒どころか胡麻粒並みの小ささである。
その標高差はざっくり1500m近くある。
一旦緩やかな稜線を歩いていくが、その脇には疲れ切った身体に冷や水を浴びせる様な文言が書いてあった……。
馬場島まで残り1km。
これだけ下りてもまだあと1kmも残っている。
標高差にして約300m。
ざれた激下りは、非情にもまだまだずっと続く。
樹林帯の中をひたすら下りていくと、少しずつ早月川の音が聞こえてきた。
すなわち馬場島が近づいてきた事を意味する。
しかし激下りは終始手を抜かない。
疲れた事を言い訳に転んで良いわけでは無い。
ここで転んでも大怪我は免れない。
ざれた激下りを暫し下りていくと、剱岳の遭難者慰霊碑剱岳に祈るが出てきた。
ここにてお参りをしていき、やや平坦な道を下りていく。
その先には試練と憧れがあった……。
そしてそこから歩き続け、午後4時を迎える少し前……。
無事に下りて来られました〜!
遂に馬場島まで下りてくる事ができた。
これにて剱岳の攻略が終わった事を意味する。
もう膝は笑っているのを通り越して、とてつもない痛みに襲われた。
日はかなり傾いていて、ほぼ夕暮れ時になっていた。
このまま帰っても、どう足掻こうが家に着く頃には日付が変わってしまう勢いだった……。
帰りの道中、早月川沿いにかかる伊折橋へ向かった。
ここは富山ビューポイントになっていて、ここからはアルペングリューエンに染まる剱岳が仰観できた。
まさに、不動明王が持つ大剣を思わせる圧倒的な存在感を放っていた。
そして、今回の軌跡はこちら。
本日の持ち物は、
お茶などの飲み物×2L
チョコレート等のお菓子×2袋
滋養強壮剤×1本
ゼリー飲料×2本
芍薬甘草湯×2本
生理鎮痛薬×1錠
雨合羽
となっている。
登りでは樹林帯の中をひたすら木の根と岩屑のざれ場を登っていき、早月小屋から上はほぼ鎖場だらけの岩稜帯を一気に登っていく。
下りでは膝が壊しながら獅子の岩や蟹の鋏を下りていき、早月小屋より下は殆ど足を引き摺りながら下りていく始末。
その結果、
総歩行時間12時間55分
総歩行距離13.9km
累積標高は2332m
したがってコース定数は51となり、
ご馳走様でした。
時期的には、あともう少しだけアルプスに行けそうである。
これを逃すと、もう雪に包まれてほぼ登れなくなってしまう。
足早に帰宅の路へつく……。
次はどこのお山へ挑もうかなぁ〜!














