社長失格 | One of 泡沫書評ブログ

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社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由/板倉 雄一郎

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1997年12月2日、IT系のベンチャー企業が東京地方裁判所に自己破産を申請した。翌日の新聞の見出しにはこうある。

負債37億円、ハイパーネット、自己破産を申請

わたしは意味もなく帝国データバンクの倒産情報を定期購読しているのだが、これによると「~民事再生法の適用を申請、負債○○億円」というのがほぼ毎日起きていることがうかがえる。ここに何気なく載っている「○○億円」という数字、給料の遅配すら経験したことがない「安定したサラリーマン」をやっていると何の実感もないが、おそらく一度でも経営をしたことがある人がみれば、この数字がものすごく切実なものに映るのだろう。


本書は1990年代に「ハイパーネット」なるベンチャー起業を興した実業家、板倉雄一郎氏が、事業を興すところから、会社が急成長し、その後に経営が上手くいかなくなって自己破産申請するところまでをつづった自伝である。ホリエモンをはじめとする経営者が絶賛することもあってご存じの方も多いだろう。わたしもようやく手にとってみたのだが、あまりの面白さに一気に読了してしまった。この手の本としては抜群に文才がある。構成も秀逸でまるで小説を読んでいるかのような感覚で一気に読めてしまうこと請け合いだ。倒産後、記憶が新しいうちに書いたということもあるだろうが、ものすごく状況描写が客観的でわかりやすい。むしろ、なぜここまで冷静になれるのか不思議なくらいだ。


事業を志す人は絶対に必読であろう。わたしなどは起業向きでないとよくわかっているので、ただの読み物として読んだわけだが、それでも付箋だらけになってしまった。後から読み返すと何で付箋を貼ったのかよくわからないところもあるが、要するにわたしのような「生まれついてのサラリーマン」からみると、かれのような「生まれついての実業家」の行動がまぶしく映るのであろう。かれが Natural Born の起業家、アントレプレナーであることはさまざまな記述からもうかがえる。もう、なんというか、息をするように事業を興すのだ。アイデアを実行に移すまでの行動力、そして胆力がすばらしい。これこそケインズ先生がおっしゃっていた「アニマル・スピリット」ではないのだろうか。


本書が貴重なのは、おそらく「失敗の事例」というところに尽きるのであろう。まじめに探していないので恐縮だが、書店には多くの「事業成功本」が出回っている一方で、こうした失敗事例をあえて書いている本はあまりない気がする。柳井さんなども「1勝9敗」というわりに失敗事例についてはほとんど筆を割いていない。こうした「生存バイアス」によって世の中の事業はほとんど成功しているかのような錯覚を覚えてしまうが、実際は板倉氏のような無数の失敗事例があって、多くの企業が新陳代謝しているのであろう。


不謹慎ながら、特に興味深いと思ったのは後半の倒産間際の金策に走り回るところの描写だ。手形の不渡りとか、決済用の現金をかき集めて3時過ぎに銀行へ駆け込むなどの生々しい風景は、正直「やっぱり起業なんてするもんじゃないな」と思ってしまうが、わたしのようなサラリーマンしかやったことのない人間は、読書で経験するしかない世界だ。


なお本を値踏みするときに参考となるものひとつに、「刷数」がある。どれだけ増刷されたかというものを示し、一般にこれが多いといい本である確率が高くなる。これはいわゆる総発行部数を示すものではないが、いわゆるロングセラというのは「じわじわ売れている」わけだから刷数が多い。本書は1998年初版、2010年19刷だ。堂々たるロングセラといっていいだろう。なぜ文庫版が出ないのか謎だ。