◆これは昔の話しになるのでしょうか、
「~する人に悪い人はいない」という判断基準で
人を評価することが日本には多くありました。
実際にこの基準のみで人を判断していたわけではないでしょうが、
実際にあった判断基準なのです。
しかし、冷静に考えるとこういう基準には何の根拠もなく、
言ってみれば単なる思い込みでしかないことは誰の目からも明らかでした。
◆ただ自分や親族がやっていたスポーツを
懸命に追求していた人などのことを信じたいという気持ちは、
切ないほどによくわかります。
そこに賭けてみよう、もし当てが外れても後悔はしないというところまでの
覚悟を含めての思いなのかもしれません。
◆しかし、現実はそうで甘くありません。
事件を起こした人の経歴を見てもそれはわかります。
親族の婚姻後の状況を見てわかることもあります。
また、職場での職員の様子をある程度の期間見ていたら見えてくることもあります。
◆「~する人に悪い人はいない」などという判断基準を
実際に採用する人はいまどき少ないのかもしれません。
しかし、そのような基準をあてはめた方が
判断するのに楽であったから定着したとも考えられます。
◆そこで、人選びを失敗しないために、
相手に真剣に向き合って、しかも相手のことを多く聞く努力をして、
しかも判断した後も、適宜様子を確認することが必要です。
少ない機会だけですべてを判断できるわけではないから、
時間の経過の中で随時向き合うという姿勢が肝要だと思います。
人間の奥底にまで潜むものも含めて判断しようとすると
そういう考え方にシフトするのが自然ですし間違いがないです。
運命を開く 人間学講話
安岡 正篤 著
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感じるということ。
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