平成7年5月、5科目めの所得税法受験を申し込む。これで最後の受験にしたい。絶対に絶対に最後にしなければ。この年から受験会場が変更になった。それまでは真夏なのに冷房が入らない、暖房完備の環境だったので、新しい会場となる大学では冷房が入るのかどうかが気になった。受験を申し込んだ時点で会場の場所はわかるのだが、冷房が入るかどうかについては明記されていない。担当者に聞いてもわかりませんと言う返事しか来ない。
試験会場が変わると、そこまで行く経路や所要時間が変わる。○○大学と示されていても、大学のキャンパスは広く、建物は複数ある。最寄りと言われる駅から大学の正門は近くても実際に自分が入るべき教室のある建物が正門からかなり離れたところにある場合もある。初めて行く会場は不安がいっぱい。自分が入る教室の位置を確認し、そこから行きやすい位置にあるトイレを確認する。できれば前日に下見に行くことが望ましい。
税理士試験の時間割は大体固定化されていて、試験初日の1時間目が簿記論、2時間目が財務諸表論、3時間目が消費税法。試験二日目の1時間目は所得税法、2時間目は法人税法、3時間目は相続税法。試験三日目については受験しようと思ったことがないので時間割を覚えていないが、固定資産税法や地方税法や酒税法などが実施されている。どの科目も試験時間は120分。試験は年に一度だけ実施される。
本試験当日、初めての受験会場に入る。冷房は効きすぎるくらいに効いていた。それまでの会場では暑さ対策が必要だったのだが、これでは寒さ対策が必要になると感じた。試験開始時刻が近くなり、座席がだんだん埋まってくる。試験担当官がぞろぞろと教室に入ってくる。開始時刻が迫ってきても着席しないでうろうろしている(ように見える)受験生がいた。正面の教壇に立つ試験担当官が声をかける。受験票はお持ちですか。受験番号は何番ですか。彼は受験票を持っていた。試験担当官の一人が彼に近づいて、受験票を確認して声を上げた。
ここは、所得税法の教室です。あなたが申し込んでいるのは簿記論です。
少しざわめいていた教室が静まり返る。受験生のほとんどが、その言葉が意味することを理解したから。つまり、彼は受験会場ではなく受験日を間違えたのだ。本当なら昨日、この教室で簿記論を受験するはずだったのに、今日来ているということは、昨日受験をしていないということ。したがって、それまでどんなに勉強して好成績であったのだとしても、今年の一回きりの受験チャンスを逃してしまった彼はもう一年勉強して来年の合格を目指すしかないのだ。こういう失敗は誰にでも起こり得る。他人ごとではない。だから皆、凍り付いていたのだった。
その年の所得税法は難しかった。受験校でもあまり力を入れていないような項目が多く、とにかく人より少しでも多く書くしかないような試験だった。120分の試験時間が終わり、答案用紙が集められ、受験生は皆退席していく。その教室は次の試験科目の教室になるので居残ることはできない。しかし、多くの受験生と一緒に流れて出ていくと複数の受験校の先生方がチラシ配布のために待ち構えている。それまでで一番、失敗したと実感していたので誰とも話をしたくなかったのだが、受験校の先生方の中には当然、自身の配偶者の同僚がいるのだから無視して通り抜けることもままならない。仕方がないからトイレに行って座るために個室に入って一人きりになる。いつの間にか泣いていた。思い切り泣いて涙と鼻水でべとべとになった顔を洗って建物の外に出て行ったときにはほとんど誰もいなくなっていた。
5科目めの受験なので、合格していたら発表日の朝発行される官報に氏名が掲載される。通知の郵便は書留で届く。合格していなかったら普通郵便が届く。合否がとてもわかりやすい。当時は新聞にも官報合格者の氏名が掲載されていたのだが、現在はどうなのだろう。その頃でさえ試験によっては官報掲載も受験番号のみにしているものもあったから、個人情報だと考えれば氏名の掲載はなくなってきていても不思議ではない。
平成7年12月の合格発表の日は、早朝から官報販売所に行った。受験校はその日の官報を入手して自校の受験生の氏名と照合して朝から各受験生と連絡を取り始める。だから自宅で待っていても遅かれ早かれ結果はわかるのだが、このときだけは自分の目で確認したかった。官報販売所では誰でも官報を購入できる。日によって官報に掲載される事項が多い日と少ない日があり、官報一部の金額は一定していない。
分厚い官報を開いて税理士試験合格者発表のページを見つける。自分の名前が目に飛び込んできた。終わった。全部で5科目の発表のうち、やはり最後のこのときが一番うれしかった。もうあの苦行みたいな勉強をしなくていい。実際には税理士になった後も勉強は続けなければならないのだが、受験勉強とは性質が異なる。
自宅に帰ると、以前勉強会であいさつをしたことのある税理士さんからお祝いの電話がかかって来た。新聞でご覧になったのだそうで、わざわざお電話いただいたのはとてもありがたかった。当時自宅でとっていたのは日経新聞で、日経は合格者の掲載をしていないので、私自身は新聞掲載を見ていなかった。
そのうちインタホンが鳴り郵便配達員が書留郵便物を届けに来た。合格証書が入っているので大きい。ここでやっと、官報掲載は間違いではなかったのだなと実感する。その後も税理士関連の複数の団体からお祝い電報が届く。
官報合格で終わるのは受験勉強であって、税理士と名乗って仕事をするためには税理士会に「登録」しなければならない。登録の手続きもなかなか苦行が待ち構えていて、今になって振り返ってみればおかしいことがたくさんあった。この辺はまた後で書こうと思う。
