税理士試験受験の二年め。7月に受験した簿記論と財務諸表論に合格できたとは到底思えない中で次の必修科目である法人税法の勉強を始めたのは8月。

 

その年12月の発表で無事に簿記論と財務諸表論に合格。年が明けて当時通学していたD校の職員(講師)だったY男先生と結婚することが決まり、D校の上司の勧めに従って別の受験校O校に転校。5月GW中に新居に引っ越し。GW明けに入籍。同じころその年の税理士試験受験申込みを済ませる。

 
そしてまた、本試験の日が来る平成5年7月。
二日目、二時間目。真夏なのに冷房がなくて暖房完備の受験会場。
 
なんとなく受験会場にも慣れてきた気がする。会場は大きな階段教室で、本来は3人掛けとして設置されている座席の両端に受験生が座る形になっている。私はあまり周りの他の受験生がしていることを観察したことはないのだが、その気になれば自分より前(階段状だから自分より位置は下になる)の座席の人の答案は視界に入ることもあるかもしれない。ただ、記述式の試験で記述する量が膨大なので、開始から終了までの2時間のうち大部分の時間で記述するペンを止める余裕はない。人の答案が見えたとしても書き写すことは困難だと思う。
 
試験開始10分前ごろにはほとんどの受験生が着席していて、複数の試験官が問題用紙と解答用紙を配る。手を触れてはいけないと注意されるが、中にはさっさと開いて問題を読み始め、注意されてしまう人もいた。注意されてやめなければ最悪の場合には退出させられる。問題用紙の表紙の紙から下の問題が少し透けて見えることもあり、一部透けて見える問題文からいろいろと想像を巡らせるという人もいた。解答用紙には受験番号を記入するが、氏名は書かないことになっている。税理士試験は筆記具としてボールペンなどの消えない筆記具が指定されている。間違えたら消すことができないので線などで消して訂正することになる。
 
計算問題は形式としては例年通りの総合問題だった。法人税法なので原則としてその年の法人税が最も少なくなるように計算の過程を示しながら計算せよ、ということになるのだが、合併直後の決算だという前提で、考慮すべき事項が示してある。合併に関しては理屈では勉強しているが、計算として出題されたことは少ない。そこでどう計算していこうかと悩む時間はないと判断したので、合併については一切考えないことにした。あとで学校から聞いた話では、無視しないで考えながら回答していた人の多くが時間が足りなかったと言っていたらしい。できた部分が完璧な答案であっても最後まで完了していなければ高得点は望めない。自分ができるかどうか瞬時に考えて判断し、手を出すべきでないと判断したらもう考え直さない。割り切りは大切。悩むのに使える時間はほとんどない。
 
理論問題は三問。一問が30点。あとは15点づつ。用紙は5枚。用紙にどの問いをどこまで書くかという表示がないので、自分の判断で出題順に記入していく。出題の順番と異なる順番で解答した場合は採点されないと言われている。解答用紙の欄外に記載した文字や数字が採点対象にならないのはほとんどの試験での共通事項だと思う。書きすぎないように時間配分を考えながら記述する。配点が多い問題の解答量は多く、配点が少ない問題の解答量は少なく。
 
時間が終了して試験官が解答用紙を集めていく。問題用紙と計算用紙は持ち帰ることができる。試験官が解答用紙の数を確認し終えると退場することができる。ぞろぞろと退出する列の中で、声をかけてきた人がいた。「ずいぶんたくさん書いていましたね」そういわれて初めて、後ろの座席からは前の席の人の答案用紙が見えるのかと気が付いた。声をかけてきたのはY男先生の友人の素敵な女性で、彼女はその後すぐに官報合格していった。
 
本試験終了後すぐの土日ごろに、受験校では各科目について解答解説会を行う。試験問題は会場や受験生から入手した本物だが、模範解答は公式発表がないので各学校での独自解答になる。もちろん学校同士でも他校の模範解答を入手している。当時はまだ紙ベースだったようだが、だんだんとより早くHPなどで公表さるようになっていった。そこで受験生が自分の記憶に基づいて自己採点し、8月からの受験科目を決める上での参考にする。私はこの解答解説会には行ったことがない。特に行かないことについてこだわりがあるのではないのだが、済んでしまったことをいろいろ考えあぐねるのはあまり好きではないのだと思う。
 
自分なりの力は出し切ったと思うが、合格点に達しているという自信は全くない。しかし、振り返っていてもしょうがない。8月からは4科目めとして相続税法を受験することにした。
 
平成5年8月、O校で相続税法の受験勉強開始。
Y男先生は同年7月本試験後の解答解説会を最後にD校を円満退職し、同年8月からO校に勤務し始める。担当科目は法人税法。