2010年8月、連れ合い(以後Y男と呼ぶ)が頭部(嗅神経)のがんであると診断され、抗がん剤治療のため入院することとなった。このとき、住所的に一番近いところにいたのはY男の母親、つまり私にとっては義母だった。Y男のご両親はY男が義務教育のころに離婚して母親と生活しており、父親は同じ市内に居住して生活していて、Y男も含めて兄たちの教育支援などの養育義務は果たしておられたと聞いている。私たちの結婚のときにもごあいさつしたことがあり、遠方に居住しているY男の兄夫婦を訪問したときにもご一緒している。離婚の原因についてはよくわからないこともあるのだが、夫婦間で納得し、子供たちも納得した上での離婚らしいので私がとやかく言うことではないと思っている。(円満離婚でなかったとしても他人の私がとやかく言うべきではない)。このお父様は、その後老健施設に入居し、お亡くなりになっている。

 

私たちが結婚するときに、それまでは義母とY男との二人暮らしだったこともあり、義母が希望すれば私たちは同居してもいいと考えていた。ただ、私たちは政令指定都市のほぼ中心部でそれぞれ勤務しており、義母は平成の初めにそれまで住んでいた同じ市内の住居が道路拡幅の立ち退きにあったために近隣市町村(ベッドタウン)に立ち退きの補償金で家を建てて住んでいて、そこを離れる気はなかった。急速に発達していたベッドタウンで、車で通勤する方が多く、時間帯によっては大変込み合う地域なのだ。私は多くの公務員と同じような時間帯と休日(つまり9時5時で、土日祝日が原則休日)であるのに対し、Y男は朝が遅い代わりに夜も遅くまで仕事があり、今風に言うと社畜状態だったので真夜中に帰宅することも珍しくなかった。また、土日祝日は原則勤務日で、平日に休日があった。その休日にも自主的に出勤することが多い人だった。生活時間帯の違いは私たちの側で合わせる努力をすれば何とかなるかもしれないと考えていたのだが、義母が同居はしたくないと言い出したので、私たちは市内に二人で住むための小さなマンションを借りることにした。後から考えれば、こちらから無理やり同居を押し切って欲しかったのかもしれない。

 

友達付き合いを始めてから自宅を訪問し、結婚することにしてからも何度も訪問している中で、義母の言動に違和感を覚えたことがないと言えば嘘になる。え、こんなことを考えているの、とか、え、そんなことを口に出して言うなんて、とか、後から考えればたくさんの違和感だらけだった。ただ、私の両親もかなり世間とずれた人たちで、子供のころから親なんてそんなものなのだとあきらめていたような人たちだったので、どこの家でも方向は違えど様々な文化があるのだから100パーセント理解し合えることはあり得ない、という感じで受け止めていた。言葉の端々から、配偶男子(義父)にかなり不満があり、離婚した後は義母自身も働く母親として苦労してきたことも理解できたし、何と言っても義母とY男は表面上は仲の良い親子だったのだ。話し相手になる母親、というのは私には未体験であり、自分の母親と「お父さんに聞きなさい」以外の会話をしたいと思っていたこともあって、話の出来る母親はとても魅力的に感じたのも事実だ。後から、義母とY男は決して仲良し親子なのではなく、義母の暴走を子供のころからいつもいさめてなだめるのがY男の役割だったのだと知ることになる。

 

結婚後しばらくして、意外なことが分かった。義母が、私たちに無断で、自分の住民票を私たちの住所に移していたのだ。始めのうちはそれによるデメリットがなかったので放置していた。彼女は車検ごとに車を買い替えていたので(車検より買い替えのほうが安いと思っていたらしい)、そのたびに車庫証明を取るために実際の住居へ住民票を戻し、手続きが済んだら即日私たちのところに再び住民票を戻す。これを繰り返していた。もともと市内で生まれて育ってずっと過ごしてきた方なので、やはり市内に戻りたかったのだろう、不正だとわかっていても私たちは義母に何も文句は言わなかった。選挙のときには自分で区役所に期日前投票に行っていたらしい。これも不正なのだが、言い出せば自分が悪いとは決して言わなくて、指摘した人のせいで自分が不利益を被ったのだと言い出すことはもうわかっていたので、とにかく触らぬ神に祟りなし、という姿勢で黙っていた。

 

で、Y男ががんと診断されて入院することになったとき、いくつかの問題があった。

当時Y男はある企業の契約社員だったのだが、そこは結婚後の転職先で、その転職先のことを義母には知らせていなかった。契約社員であることも知らせていなかった。入院と療養に入るため、契約の更新ができなくて、その時点で彼の収入が途絶えたことも知らせていない。

 

また、そのころ、毎朝早く、Y男のケータイに電話をかけてくるのが義母の習慣だった。何をしていても優先的にすぐに出ないと勝手にパニックになる。トイレに行った間にかかってきて、音がしても私は決して出ないのだが、何度も何度もかけなおしてくる。何をしていたの。とにかく優先的に出てよ。逆に義母がY男からの電話に即出ないことはたびたびあったようだ。だって、お手洗いに行っていたのよ。だって、何とかさんと話をしていたの。同じ理由で相手が電話に即出ないことは悪いことだと決めつける。ま、そういう人だとわかっていたので、私がケータイを手に入れたとき、Y男は番号を義母に知らせないようにと言ったのだけれど、本当に、知らせなくてよかったと思う。それはともかく、病院に入院中で、診察中でも構わずに電話をかけてこられては困るから、しばらくは毎日の電話は無理だと、そう、義母に伝えたいとY男が言っていた。

 

Y男ががんだと診断されたこと、すぐに入院することなどを義母の家に二人で伝えに行き、その場は穏やかに終わって、入院する日が来た。その日、義母は面会時間の決まりを無視して病棟に現れた。