薄い氷のうえを歩くようにどきどきするけれど
みんな来た道、あるいた道、行った道でしょう


 その先はわからないけれど
 わからないほうがおもしろいじゃあないですか

たぶん
 年齢のない国でしょう   ボクの父がそこにいったら
父の父がいるはずですし 父の会いたい父はたぶん  父が若い青年自衛官の時の父親でしょうから


ほんとうに父親は岩手の田舎で60ぐらいで酒飲みすぎて死んじゃった普通の男だが
ボクの父が会いたいのはそんな父ではなくて立派できびしい父だと思う

そしてその横に13人兄弟の3番目の父をいつくしみ大事にしてくれたきれいな母がすわっているだろう
 
 みんな自分の会いたいその人に会える場所なんだと思う

でもそれを皆怖いというのはそれそのものの怖さではなくて
そのきっかけが怖いのですからね

むこうの父の父からすると、会いたいのは白髪頭の今の頑固な父ではなくて、きっと、
 山の中を思いきり走りながら、ウサギをとっつかまえては威張っていたわんぱくな少年だろう

そしてエナジーが次に必要な時までみんなそこで好きな時間と空間を夢見るままにすごすことができる

邪悪もないのは皆こころが満足して空になっているからでしょう


 ああ、今日朝起きてみても俺は中年の高橋勝則以外の誰かに、変身はしていない。  
 それからどことなく近所の道を、肌にまだかすかに寒さが感じるほどのしかしどこやら夏の光を感じる風を受けながらオレは歩いていたのだが、年齢についてもふと考えていた。
 52歳になってまだまだ、自分としては体も若いと思うし、どこといって不自由は感じない体躯である。
 少々忘れっぽくはなってはいるが、ひどいそれではないし、得意な分野についてはまだまだ記憶力も確かであるし新しいことに対しての好奇心も人一倍強いと感じる。
 これまでのオレは本を読むことを愛し渋沢竜彦が内面の旅を重要ししたようにオレは外面の旅に対してはあまり興味を持たなかったような気もする。
 出張の多いサラリーマンでありながら、福岡に旅をしてももっぱら自宅と飛行場と職場だけの往復であり、もったいないなとよく人から言われたものだが、オレとしては、もったいないとは思わない。そんなことよりも自
分の仕事が人一倍不器用なせいか思いっきりはまって狭い世界の中でたちまわらないと、要領が良くて行動力があって、経済学部卒業したソツのない同僚達にはとうてい勝てる筈のない人生だったから。
 オレは不思議な気持ちになった。
 若い時には良い思い出はひとつもない、と言い切れる。
 特に高校時代。
 素直に友だちの輪に入っていくことはついになかった。
 いつも他人の視線が気になり目立ちたい気持ちとゆがんだ劣等感が入り交じりクラスの中にいる健康で自己表現のうまいやつらとはどうしても一緒に仲良くやっていけなかった。今の時代ならば間違いなく自閉症になっていたはずだ。
 目がいつも赤かった。
 何かの原因で角膜炎かなにかに罹ったのだろうが、目薬を使用すると白目があんまり綺麗になるので乱用し過ぎたせいもあり、いつも目がウサギのように真っ赤であった。
 友人は皆「龍一は勉強のしすぎだ」とからかわれた。
 しかしながら受験勉強特に暗記ものは一番苦手だったし、ながら族で深夜放送を聞きながら好きな女の子にリクエストをしながら勉強なんぞする男が試験で良い点数が取れるはずがないではないか。
 ついでにラジオから流れてくる曲でおっというものがあればいちいち、いまなら誰もが笑い出すような巨大な録音器械につまりテープレコーダーに録音するのだ。
 ジリオラ・チンクエッティ
 ボビー・ソロ
 ロミオとジュリエット
 雨に消えた初恋
 ブーペの恋人
 禁じられた遊び
 黒く塗れ
 水晶の舟
 朝日のあたる家
 その他
 いろいろの三島由紀夫が言った「花火のような流行」、醜い不易ではない、その瞬間だけの「はやりの曲」そして、潔く消え去ってしまう、そう私のような曲の数々。
 それだけに愛着のある曲を感性の気狂いのように研ぎすまされた15才ぐらいの時に聴きまくったのだ。
 その曲をひとつひとつ今思い起こしそこから湧くイメージを書き写していくことでその時代を書き写すことがもしもできたら、カフカの小説の主人公のように、明日の朝、ワニかなにかに変身していても悔いはない。
 つまり中年のもう後がないたんなる普通のおっさんがたまたま持ち合わせた唯一の宝の才、思い出す力を利用して、魂の再生と心のリセットが可能であれば今のこの淀んだような52才の生活に新鮮なオリーブ油の一滴をそそいだようにリフレッシュできるではないか。
 なぜ淀むのだろうか。
 ウイトゲンシュタインの天才は有名だが彼はミステリーが大好きだった、私はまるで読まない。彼は30代の彼の頭脳の鋭敏さを懐かしみながら50代だったかはっきり記憶はないが、だんだん動かなくなっていく頭脳に対してぼんやりした不満を漏らしていた文章を記憶している。
 年令。
 世界中の貴族・王族の心が老い続けた不老不死の妙薬。
 重力のように無惨に年令は人を拉致し時間の檻の中に監禁し死に至るまでの間人を苦しめる。
 年令はとりたくないものだ。
 が。
 はたしてそうなのだろうか?
ジリオラの「愛は限り無く」の、懐かしさは彼女のサイトへ飛べばすぐに味わえる。私は高校生否中学三年生からずーと、彼女に恋いをしていた。
 熱に浮かされている、と言っていい。
 近所のおばさんからは、最近元気がないねとひやかされたり恋煩いを皆から指摘されたが、映画の女優にやられたのだとはその当時の私からはとても周囲の皆には言えない。
 なんと言われようがとにかく好きだった。
 朝からたまたまポスターのジリオラの顔の表情が悲しさが気になって映画館に入ったのだが、勇気を持って切符を買ったのは中学三年になって初めてではないか。特に恋愛映画だったので友人はいない。
 モスラとか怪獣物ならばさほど辺りは気にしないがこの時はどきどきしながら入館したのだ。
 しかもその当時私の片思いの彼女がいて、彼女の名前は宍戸というたいそう変わった名前だった。
 宍戸さつきという彼女はそのシネマ館の娘だった。
 色が白くて目が鴉の羽のように大きく吸い込まれるように感じた。
 そのけばけばしい洋画のポルノのわいせつなイメージと彼女の清潔なイメージのギャップが不思議だった。
 とにかく私はその彼女の父親が経営するシネマ館の「愛は限りなく」という映画を見るためにその入場切符を買ったのだった。
 父親が「おっ、高橋君こんにちは」と、言ったことを覚えている。
 映画はしかし現実を離れとにかく強烈に素晴らしく私は子供心に我を忘れて受験勉強のストレスも一瞬忘れて彼女の歌にまさに「ひれふす」と言った感覚であった。
 まさに、頭をかなづちでがーんと叩かれた、そんな感覚であった。
 この歌はなんなんだ。
 カンツォーネとはなんと、感動的でおおらかで愛に満ちあふれているんだ。
 なんとこの女優、歌手はこんなに綺麗なんだ、なんとこの物語は僕の涙を引き出すんだ、
まぶしい程の圧倒的な出合い。
 これから私は日ごと、ラジオ番組の中で彼女の曲を録音するためにバカデカイ装置を父親に用意してもらい、カンツォーネ集めに熱中するのである。
昼からビールを飲む日が続く。美味いが淋しい。孤独だ。(笑)。思えば俺の人生、人の間に気楽に入れない俺のゆがんだ性格が、かなり、影を落としている。あのジョニーが確か演じたチョコレート工場の彼のように、心がどもるのだ。だから小説なんか書くんだろうな!美男美女で 性格素直な健康青年なら、小説などの大人の玩具に夢中にはならないな。しかし。次のアィデアがなかなかでないなあ。悲しい。 モラビアみたいな、体力と視点で前に進みたい。
えっ」
 「やはり振袖だろう」
 「振袖は私着なかったのよ。父が五年前に死んでから、父が残した借金の返済でその時まで住んでいた一軒家を出なくならなければいけなくなったし。そんな振袖なんか買う余裕はなかったわ」
 「そうか」
 香奈のどこか静謐で切ないまでに自分を押さえる性格の形成の原因に思い当たったような気もしたが、田宮はそれについてはそれ以上考えないことにした。考えてもどうしょうもないことだからだ。果歩の性格分析をしたからといって、それがどうなるんだ。田宮はまた苦笑した。
 田宮はそこで娘の年令について考えてみた。
 三十六歳の時に別れた娘はもうすでに二十歳になった筈だ。
 一年に一度別れた妻に電話した時に、もしも欲しければ成人式の写真をおくろうかと言われ、欲しいなと伝えたのだが半年待つのに写真は郵送して来ない。ぼんやりした心持ちで遠い家族へ思いを寄せてみる。そしてまたあきらめようという言葉をつぶやくことで、自然にもう会わない方が良い、それが一番と自分に言い聞かせる。
 とは言ってもやはり正直な心、会いたいと思う。
 香歩を抱いた時の顔がもとの妻の顔や娘の顔、そして現在の妻の顔、昔つきあった女達の顔に重なることがある。
 娘を抱きしめている幻想、次の瞬間、気がもどり、自分を責める。
 十四年前に別れた娘と香歩は四歳しか年令の差はない。
 自分は欲の塊だ、と責める。責めるがどこか安心しているような気がすることも事実だ。
 まだまだ、生命の泉が枯れてはいないことに。
 以前、ゲーテが孫程に離れた年令の小娘に夢中になったことを知っていたし、ピカソが六回離婚をしたことも知っていた。
 ヘミングウェイが死ぬ瞬間に付き合っていたという香歩のような女性を「娘よ」と呼んでいたらしい。
 しかし、大人の男はとかく娘のような女が気にかかるものらしい。父親本能をくすぐるのだろう。
 ただ、田宮は香歩が本当の娘のようには心からまだ甘えてきていないことも理解している。
 むしろ、香歩との距離は大切にしたいしその心理的距離こそ、ふたりで踊るジルバのようにふたりの肉体が、ある時は触れある時は離れる、そんな物理的な距離のことであり、だからこそダンスが優雅になるのは言うまでもない。
 「わたし、藍染めの浴衣が一番気にいってるの」
 「そうか。君には藍が似合いそうだね」
 香歩の肌は薄く透き通った脂肪が全身に捌けで塗られたようなまるで白磁の陶器のような色なので、藍の深い慎みにはぴったりだろう。果歩に頭の中で、藍の訪問着をさりげなく着せてみる。天然藍の自然で慎ましいその色彩は果歩の肌をさらに美しく見せるだろう。帯は洒落袋で、白地が良いかもしれない。白の地に葡萄蔓の柄がはいった古典柄が素敵だろう。帯締めはそこだけは若々しくポイントにすべく綺麗なオレンジ色の石がついている手組の細い帯締め。帯揚げはオレンジのポイントの刺繍がはいった可愛い黄色のものがいいだろう。
 田宮は香歩の華奢な両肩の上に彼の両手を静かにおいた。
 香歩が肩を震わせながら小さく笑った。
 田宮は香歩の匂いをかぐように抱きしめた。
 彼女の匂いは髪を洗う時の石鹸の匂いだ。
 田宮はその匂いが好きだったし砂糖水を吸っているように恍惚とした。
 香歩の薄桃の舌がちょこんと白い種のような前歯の間から出てきて、田宮の舌にそれをからめた。強い力ではなかったが田宮は少しバランスを崩したかのようにまたベッドに後ろから倒れてしまった。
 歯がぶつかり香歩が「痛い」と笑いながら顔をあげた。
 その顔を下から見上げながら、田宮は、香歩と今抱擁している時空が不思議に思えた。
 そしてまた香歩の胸に顔を埋め、そして乳首に舌をそよがせる。
 香歩の喘ぐ声を楽しみながら田宮はまたTシャツを脱ぎはじめた。

 
 
 


 
 
 
昔別れた女房と同じ笑い顔だとふと田宮は思う。少し暗い部屋の中に音もなく近くの国道沿いの喧噪から完璧に遮断されてふたりはまるで繭の中にいるようだ。
 玉繭のことを田宮は思い出す。
 玉繭はひとつの蛹の中にどういうわけか二匹の蚕が入っている繭のことで珍しい。
 依然は糸が荒くて売り物にならずに捨てたらしいが今はその糸の節が独特の風合いを衣にもたらすとしてきもの好きの年輩客に人気がある。
 事実、田宮の問屋でも昨年は大々的に玉繭を原料とする着物を宣伝し売り出した。
 今年も順調にその着物の売り上げは伸びている。
 香歩にどんな着物が似合うだろうか。
 町娘のような黄八丈や、絢爛とした友禅よりもやはり色を押さえた生紬が似合だろうと田宮は思った。
 といっても、香歩はまだ成人式を二・三年前に終えたばかりの年令ではないか、そこまで考えて田宮は苦笑した。
 今度、香歩に着物を買ってあげたいという衝動を感じながら田宮の肩にすっぽりと顔をうずめて蛹の中の蚕のようにひっそりと息をしている香歩に聞いてみる。
 「香歩はどんな着物を持ってるの」
充分だなと思い田宮はゆっくりと自分を入れてゆく。
 田宮自身の下半身はかなり学生時代から歩くことを趣味としてきたからか、筋肉質でがっちりしているために、香歩が双つの脚をバランスよく広らげている尻を乗せている座のところにあるパイプとパイプの間の空間に腰を入れるのがなかなか大変だった。
 田宮はなんとかそこに入り込み香歩の軸に自分の軸を合わせてゆくのだ。
 香歩も目をつぶりながら田宮の背中にしがみつく。
 ゆっくり田宮が動き始めると香歩が合わせようとうるのだがうまくいかない。
 ひんやりとした昆虫躰の座椅子の冷たさが香歩の欲を抑止しているようだ。
 ふたりを繋いでいる軸のあたりだけが、熱く優しい。
 「痛いね」
 「やめよう」
 田宮はまたひょいと香歩を抱きあげベッドにもどそうとするが、昆虫診察台の真鍮の足やらパイプやらに香歩の脚がひっかかりなかなかもちあがらない。
 田宮は力をこめて香歩の背中を高く持ち上げた。
 すると香歩は真鍮で硬く縛られ四方縦横に張りめぐらされた蜘蛛の巣から逃げ出る揚羽のように脚をばたばたさせながら田宮の方に躰を預けてきた。
 ふたりは甘えながら抱きついている父親とまだ小さな娘のような格好となり、それが可笑しくて、笑いだした。
 「おかしいね」
 「蝉が大樹にとまってるみたいだな」
 「みんみん蝉かな」
 「よく鳴く」
 「ひどい」
 そのままふたりはもつれつつ、あっ、という香歩の声が聞こえたかと思うとベットの中にからみ落ちた。
 「びっくりするわ、もう」
 香歩が笑いはじめた。
田宮はそう言ったかと思うと香歩を抱きあげた。服をぬいだ香歩は中肉中背なのだが、ずしりと重たい。
 命の重さなんだな、田宮はふとそんなことを考えた。
 「恥ずかしいわ」
 香歩が笑いながら小さく叫ぶ。
 だがその声はどこにも聞こえず二人だけの楽しむための響きとなっている。
 そのかなり毒毒しい朱で塗られた昆虫の背中のような寝椅子に香歩を乗せる。香歩は恐いわと言いながらも微妙に手足のバランスをはかりながら背もたれで自分の體をしっかりと安定させようとしている。
 声が少しうわずり横の方に落下しないようびくついている。
 その白い香歩の體と、古い革と思われる黒や赤の色彩の蜘蛛型の椅子との組み合わせは妙な言い方だが艶がある。
 田宮は気持の奥の方からの火焔を感じる。
 両手を握りしめ歯医者で診断を受けているような不自然な姿勢で怖がっている香歩の白い双つの長い脚を静かに広げていく。
 香歩はそれだけで目を静かにつぶりはじめていく。
 明らかに何か感じているようだ。
 それは何か分からないのだが田宮は興奮してきている。
 指をそおって香歩の双つの脚の中心軸に添わせてみる。
 びくんと香歩が、した。
<つづく>
「果歩・・何が上手なの?」
 「いじわる」
 「何がじょうずなのか、果歩、いってごらん」
 すこしばかりこんな会話を楽しみながら、田宮はSっぽくなってきている自分に気がつく。
 軽く興奮しながらさきほどの果歩の大胆な軀のことを考えている。
 ベッドの枕元に置いてあるウーロン茶を軽く口に含みながら田宮はそれを果歩に口移しで飲ませてやるのが好きだった。
 果歩の舌が田宮の舌に軽く触れたのを合図に冷たい茶をゆっくり果歩の喉の置くに流し込んでやる。
 果歩はとろんとしたような目つきになって、
「おいしい」とにこりとする。
 田宮が横をみると、椅子にたくさんの手をつけたような寺山修司の舞台にでてきそうな物体がある。部屋に入った時に果歩も少しは目をやってはいたのだが、愛撫が部屋に入るなり始まったせいか、ふたりとも忘れていたのである。
 奇妙な物体をじっと見ている田宮に果歩も気がつき、口を開く。
 「あれ なに?」
 「さあ、なんだろうね」
 「でもエッチ用ね」
 「そりゃあそうだろう」
 「使ってみようか」
<つづく>
果歩の言葉は経験があまりないために、若さ故のあらゆるはじめての経験に対して一喜一憂する若い女性特有のものなのか。
 あるいは、女性にこれは特に多いことなのだが、ひとつひとつの生活習慣のたとえば掃除・洗濯・皿洗い・そんな行為と実践のなかから、学んできた女性独特の美意識の感性のなせる技なのか、そのへんが田宮にはよくわからなかった。
 ただ田宮にとって、すこぶるその言葉は興味ぶかかった。
 ポーの小説によくでてくるような古色蒼然たる城のイメージ、あるいはイギリスのゴシックロマンスといわれている小説群のイメージ、それらによく描かれているヒロインのイメージを果歩は驚く程にもっていたのだった。
 「達郎さん、この部屋素敵ね」
 白のあまり糊のきいていないシーツを胸までひっぱりあげながら、果歩は少し陶酔したような顔になっている。
 「うん」
 田宮は目を凝らしてみる。
 果歩の目がきりっと見ひいらいているのだが、好きな女の目であるからしてじっとよく観察しているのだが、今日の果歩の目のまつげが気になる。
 まつげがほんのすこし上にのびてきていて、指でつまめそうだ。
 「つけまつげかな?」
 「おばか」
 細いとはいえない軀ではあるが、けっして肉厚の抱きずらい軀ではなくて、田宮が抱くとすっぽりと田宮の胸にはまってくる。
 細い骨の上をたっぷりとした肉が若さの力で薄く薄く張りつめられているそんな感じのはりのある軀だ。
 「達郎さんは上手ね。これまでたくさん悪いことしてきたんでしょうね」
<続く>
のけぞりながらの恍惚の中に自分の羞恥心を忘れた。その日の果歩はいつもよりも大胆にことにおよんだように思われた。疲れ果て僕の左肩に首をちょこんとおきながら果歩は足をからめてきた。その頬のあたたかさが僕のこころの痛みをやわらげた。その時年齢という言葉さへ僕は忘れていたのだ。果歩の顔がまた離れる。
 
 しだいに暗闇のぼんやりした薄明かりのランプの光であたりの部屋の様子が見えてきたので、ゆっくりと見回してみる。
 吉祥寺の井の頭公園に国道沿いの坂道を少し降りたところにあるこの緑の蔦でおおわれた古びた旅館は若者がつぎからつぎと利用するようなシティホテルではないが、果歩は牡丹という名がついている部屋に入った瞬間に、
「素敵。これまでに入ったホテルで一番素敵」と叫んだ。
 田宮はその果歩の嬉しそうな表情を忘れない。しかし、以前田宮がふとした酔いのはずみで問屋の受付の女性とここに来たことがあったが、その時はただ一度きりの情事に気をとられていたのか意識がもうろうとしていたのか、二人ともそのような高揚した気分にならなかったし部屋の印象も薄い。好きでもない女とそんな関係になるということは道徳的にいいか悪いか、田宮は考えなかった。  
 田宮は自分のことを、遊人--あそびひと--そんなふうに思う時がある。
 関係を求めながら関係の距離はちぢめない。
 そんな女の愛し方しか田宮は知らなかったのだ。果歩に逢うまでは。
 風が吹けば木々が静かに揺れ、木々が揺れれば、葉が舞い落ちる。そんな静かな情景が田宮は好きだったのだ。女も男も自然の一部なのだから、頭でっかちになって考え過ぎてもしょうがない。女も寂しくて男に抱かれたくなることもあるだろうし、それは極めて自然なことだろう。そこに愛があってもいいんじゃあないか。今の世の中ではあまり受け入れられそうもない考え方を田宮はいつも好んだ。