22才、6週間ネパールでインターンする。 -2ページ目

22才、6週間ネパールでインターンする。

22才、海外経験は1泊の台湾旅行だけ、の男がネパールで6週間インターンしている間に書いている日記です。

明日から地方出張です。

今までこれまでのことを書いてきたけど、
今回はタイムリーに今のことを。

明日から、dhading(ダハディン)という地域に行ってきます。
カトマンズ郡のとなりで、バスで約3、4時間、神戸から見たら岡山、鳥取的な位置にあるところです。

現地でやる仕事は、
・活動の写真を撮ってくること。
・現地の支部の活動報告書をもらってくること
・現地の人(DWOの活動に参加した人)に、DWOの活動がどれだけメリットがあったのかをインタビューすること
の三つです。

自分で行きたい。って言って、インターン途中ダウンして行けないかと思ったけどそれでもNGOの人がアレンジしてくれたフィールドトリップ。

帰国まで明日であと8日。働けるのはあと1週間。

最後に自分の目で現状を見て、そしてそれを的確に日本の人たちに伝えられるように
すべてを吸収するつもりで行ってきたいな。と思います。

戻ってきたら、現地で見たものとか報告したいと思います。

では今回はこのへんで。

P.s
今日、職場の兄貴分とオランダ人インターン生と日本料理屋さんに行ってきました。
彼らの口にあったみたいで、気に入ってくれました。
よかったよかった。
9月6日(土)
この日は仕事はお休み。

この時まだ引越しの影響で家でwifiが使えなかったので午前中はカフェへ。

カトマンズのカフェの多くがfree-wifiを飛ばしてくれてるので、
カフェではよく外国人がネットを使ってます。
free-wifiという概念がなかなか無い日本人にとっては余計ありがたく感じる。

で、その後観光へ。

パタンという街に行ってきました。今回は一人旅です。
僕がネパール来てから回った中では一番気に入いった場所でした。
日本で言うと京都とかみたいな古都の雰囲気のある街で。

ここをぶらぶらして、MOMO(水餃子的なやつ)たべて、少しお土産買って。

で帰ろうと思ったら体がだるい。
あー、インターンの疲れかなと思い、家へ帰ろうとするけどどんどん体調は悪くなり、、、
家に帰った時には高熱フラフラ状態に。

その後のことはよく覚えてないけど、とりあえず何回もトイレ行って吐いたり下痢したりしてたみたいで、ステイ先の友人の助けを借りて病院に担ぎ込まれることに。
結果的には、MOMOに当たったようでした。いわゆる食中毒ってやつです。

その後9月9日火曜日まで病院でおとなしく入院してました。
入院中はほんとにいろんな人にお世話になって。。
とりあえず、ウクライナ人の子がずっと付き添いしてくれて、ご飯も薬も全部買ってきてくれるし、ステイ先で同居してる日本人の友達はパニック状態で英語が喋れなくなった僕の英語を通訳してくれるし、ネパールの友達が何人も毎日お見舞いに来てくれるし、ほんとに周りの人に助けられた3日間でした。

ただ、ひとつ確実に言えるのは、ネパールだから食べ物に当たった、っていうことは絶対に無い。ということ。
むしろこっち来てからの1ヶ月は日本にいるときよりお腹も快調でした。これはホント。
ネパールの食はホントに良いです。毎回辛くて汗書きながら食べてるけど僕は大好きです。

だから生活に慣れてきて注意散漫になってた自分の責任だなあと思います。
あと、日本でもたまに食中毒は起こるし。

神様がくれた休息もしくは戒めなのかなと思います。。

ということで、9月9日のことまでまとめました。

帰国まであと少し。

そして、ブログが今の生活のことに追いつくまでもあと少し(笑)

頑張って更新します。
9月2日(火)

今日もプロジェクトの記事を執筆。

昨日やっていた記事の執筆を続けて、昼過ぎに終わり、残りの時間は次のプロジェクトの報告書を読み込んで今日の仕事は終わりました。

最近、職場の人達とさらに話すようになって、よく日本のことを聞かれます。ここの人に限ったことではないけどで聞かれることでおおいのが、私は日本で職を見つけられるか?といういことです。


正直なとこよくわからない、でもその時は”簡単じゃない”とだけ伝えてます。

海外に来て思うのは、日本って閉鎖的だったんだなと。

普通の日本の一般企業で外国人がたくさん働いてるとかあんまり聞いたことないし、観光で来る人はいても長期間働いている人とか少ないのかなと。

(あくまで大学4年生から見た偏見なのかもしれませんが。)

僕も就職活動を終えたのですが、

同期に外国人の人がいるとかってところはあまり多くは無いようで。

海外の人にとって、日本が職場として魅力を感じてもらえてるうちに、たくさんの外国人の人に日本で働いて欲しいな。。そのための環境が早く出来てほしいな。と素人ながらに思います。



9月3日(水)

今日も執筆。

最近代わり映えのない日々が続いてます。

ネパールに来て、23日目。残り21日です。

ついに半分を切りました。

ただ、まだ半分ある。という気持ちも強いです。

生活にもほぼなれました。

食べ物は辛いけど、汗かきながら全部食べてます。


見てる景色も全部新しくて新鮮!
ではなくなって、普段の生活の一部になっています。

日焼けしたせいか、ネパール人に間違われることが少しずつ増えてきました。

今までは、”お前は中国人か?””いや、日本人です”

というやり取りが多かったのですが、

最近は、”お前ネパール人か””ちがうよ””中国人か日本人か?””日本人だよ”

というやりとりに変わってきてます。

9月4日(木

今日も同様に執筆。

もらった5つのプロジェクトのうちの最後の一つです。

あと何個書くんだろうか。。。(笑)

今日のはなかなかはかどらず、一日では終わらなかった。。。

今日はオフィスに地方の支部の代表の方々がたくさん訪問されてました。

あと、インターンの間に一回フィールドワークに出ることになりそうです。

どこかの村に行きます。

村に行って何をするのかはまだわかりません。

最近思うのは、今時分はデスクに座って良い環境で仕事してるけど、それだけで良いのかなと。

この組織にとっては役に立ってるかもしれないけど、まだDalitの人には何も出来てない。

ただ、現状を見て知って、それを日本の友達とか

このブログを見てる人に伝えることだけでも意味はあるのかなと感じている今日このごろです。

フィールドワークに行ったらそこで見たものをここでも伝えていけたらなと思います。

9月5日(金)

今日は金曜日。一週間で一番停電の影響が響く日です。(10時半から4時まで停電)

だから心なしか、職場の皆さんも元気なさげ。。。?

今日のご飯の時の話。

同僚「ネパール語勉強してる?」

僕「少しだけな。そういえば、前に読んだガイドブックで、ネパール語で一番大切なのは”プギョ”(お腹いっぱい)って言葉だって載ってたわ。」

同僚「(笑) 確かに。ネパールでは、たくさん食べることが体を強くすると考えられてるんだ。

だから、ゲストが来た時はとにかくたくさん食べてもらおうとする。

でもほどほどに断らんといかんな。」

ネパールでは、ホントにたくさんのご飯を出してくれます。

食べること大好きな僕にとってはとてもありがたいことです。

僕は食事の時には、必ず

”いただきます”と”ごちそうさまでした”は日本語で言って、

あと、”米粒一つ”残さず食べるようにしているのですが、

ネパールの人にとって、この習慣(たぶん家庭の習慣)は新鮮で

かつ良い印象を持ってくれてるようで。。

でも逆にぼくにとっては、ゲストをおもてなししようとするネパール人の姿勢は僕たちもお手本にしていかなければと思います。

今回はこんな感じで4日分まとめました。

これを書いてる今日は9月14日。インターンもあと9日です。

写真は働いてるオフィスの外観




0831(日)

今日は日曜日です。ネパールのほとんどの企業は日曜もせっせと働いてます。

オフィスには、地方の支部の代表らしき方や、コミッションの方など、朝から出入りが激しく、奥の応接室の手前にデスクをもらっている僕は、一日中、ナマステと挨拶してばかりでした。

今日も一日中プロジェクト記事の執筆。(英文30ページの報告書をA4一枚にまとめる作業)

今日まとめてたプロジェクトでは、地方の学校を作ったり、その学校の運営や教育水準が上がるように制度設計したりしていたそうです。

あと、ここで記事書いてて活動に共通する点は、必ず地域や学校や公的機関との定期的なミーティングをしているということ。
逆にそれがないと、特に地方だと支援とかがうまくいかないのかなと感じる日々です。

あと、この日の夜、突然引越しするように言われました(笑)
それまで滞在してたのは、インターンシップをコーディネートしてくれた団体の事務所なんですけど、なんでも事務所ごと移転するそうでw

まだ帰国まで日程あるのに、荷造りしてから寝ました

0901(月)
この日もプロジェクト執筆作業。
正直なとこ単調です。でも大事な仕事。
わざわざインターン生を受け入れてくれたNGOに感謝しないと。

そしてこの日は仕事から帰ったら引越し。
引越し先は、事務所的には良いみたいだけど住環境はさほど変わらない(笑)

あ、今まで書いてなかったかもしれないけど、ネパールで提供してもらってる環境はとても良いです。

虫も出ないし、シャワーは温水も出るし。
停電もするけど、充電器があるから一部の電気は使える。

おそらくですが、カトマンズに住んでる”一般家庭”はどこもこの水準なんだろうなと思います。
何かの本で読んだ時には、”カトマンズには、中流かそれ以上の家庭が多く在住し、日本同等の生活をしている”って書かれてたけど、まさにそうだなと思います。
停電してる時以外は日本と何も変わらない。(言葉とか以外)

こんな感じで今回は終わります。

とりあえず、前の家の写真貼っときます。
前の家の外観(横向き??)
前の家のキッチン
こんばんは。ネパールでは22時すぎですが、日本はもう1時くらいですかね?

これまでのインターンの様子を書き溜めてた分を書いていきたいなと思います。

今回はインターン9日目から

9日目26日(火)

今日は大変な一日でした。。

予定では、活動中の写真をもらってレポートの中に挿入すること進捗についてフィードバックをもらうことで仕事終わるはずだったんですが、、

進捗について話してると、新たな仕事が舞い込んできました。

それは、過去6年分くらいのプロジェクトの活動資料をエクセルにまとめなおすという仕事。

かなり要約しないとエクセルにまとまらない上に全部英語。。。(これは当然)
かつ、単純作業なので結構疲れました。。。

この日はでは全然終わらなかったので次の日以降へ持ち越しに。

10日目27日(水)
この日の仕事は昨日もらった、文書まとめの仕事。
Wordファイルからエクセルファイルからへの要約作業でした。

それだけ。
あとは、Annual Reportに書くための資料集めのためにタイミング見計らって上司にお願いしたくらい。

日常に慣れてきて、一気に時の流れが早くなった気がします。
ただ、それでも日本にいた時よりはだいぶゆっくり。

日々、いろいろなことを考えながら生きてます。
自分の人生のこと、日本の家族のこと、友達のこと
いろいろしんどいことに悩み始めたのもこの頃だったかと。

そういえば、たしかこのくらいの頃に日本の両親がふたりで富士山に登ったそうです。

父はもう61歳。母も50代後半
なのによくやるな。と頭が下がります。

11日目28日(木)
今日は、ちゃんと仕事した日。(いつもちゃんとしてるけど)

中身は、このNGOが行ったあるプログラムを記事になおすという仕事。

Vice president が何かのフォーラムで使った資料を基に記事にしていきました。

活動の中身としては、ある村で、Dalitの人々をまとめてネットワークを作り、そのネットワークと地域の機関(役場とか教育委員会とか、警察とか)とのつながりを作ることやメディアを通したアドボカシーを通して、Dalitの人々の社会参加の促進や社会的偏見の是正を目指すものでした。

この活動はうまくいってて複数のDalitの人が公共機関への就職を果たしたり、裁判でDalitの方への差別的な行為に対する損害賠償が認められたり(ネパールで3例目らしい)地域の議会で財源をDalit支援のための資金に回すことが決まったりしたそうです。

。。。。ただ、活動がすごいのはわかるけど実体験として自分が見たわけじゃないから、なんかうまく伝えられてるのかなと不安になったりする今日このごろです。

12日目29日(金)

この日は、停電でした。
金曜日は一番停電の影響を受ける日です。
前にも書いたけど、ネパールは首都のカトマンズでも計画停電が行われていて、
毎日どの地域でも平均7時間くらいは停電してます。
しかも、夜中に停電したら生活できないから主に午前と午後(夜8時あたりまで)に3時間ずつくらい。

金曜日はオフィスのあるkalankiという地域では
11時から16時まで停電です。

ただ、そのことを忘れてPCの充電をせずにオフィスに行ったせいで、ろくに仕事もできないままにPCはバッテリー切れに。
ということで早退させてもらってステイ先で残りの仕事をしてました。

この手段はほかの職員の人たちもよくやるみたいです。


ということで、29日までのお仕事をまとめました。

この頃はネパールの生活にも慣れてきて、そして”飽きて”きた頃でした。
飽きたって表現はよくないかな??(笑)
ただ、自分としては、日本で日々生活していて毎日新しい発見がある!ってなるのが難しいのと同様にネパールでも新鮮なものは探さないと見つからないようになってきた気がします。
仕事仕事でいっぱいいっぱいになってるからそれはよくない。

と今となっては思う今日この頃。

4日分も書いたからかなり長くなってしまいました。

仕事の話ばかりで味気ないから食べたものでののっけます(笑)
今回はchowmen。日本の焼きそばとほぼ原理は同じです。
味は少し違うかな。。。何とも表現しにくいけど。
僕がネパールで一番よく食べにいく食べ物です。

では今回はこのへんで。


chowmen(ほぼ焼きそば)