入院していた病院の医者に匙を投げられ、

 

家族に連れられて山あいの(以前住んでいた)村に

 

向かったネパール人の友人の母親は、

 

立派な最期を遂げた。

 

 

村の簡素なつくりの家の縁側に横たわり、

 

医療器具はもちろんのこと、点滴ひとつにさえ繋がれず

 

家族と村の人々に見守られながら、

 

最期まで力を振り絞って生きた。

 

 

 

そして、後日。

 

村の男たちは黙々と(焚火に使えそうな)木の枝を集め始める。

 

友人の母親の亡骸は、山を下りたところにある大きな川まで

 

運ばれる。

 

村人達が見守る中、その河原で集められた木の枝を使って

 

荼毘に付された。

 

そのあとお遺骨は目の前の川に流された。

 

 

 

 

そして、遺族はヒンズー教の様々なしきたりに

 

従っていく。

 

(私が聞いた限りでは・・)

 

・家族が亡くなって2,3日間は米を口にしてはいけないので

 果物だけ摂る。肉類は13日間口にしてはならない。

 

・家族が亡くなった後13日間は遺族は隔離され、誰にも触れることが

 許されない。

 

・遺族の息子は全て髪をそり、向こう1年間は頭の先からつま先まで

 白い物しか身に着けてはならない。

 

・向こう1年間は親類縁者のお祝い事に参加できないのはもちろんのこと、

 他人の家での食事さえ許されない。

 

これが全てではないと思うが、従わなければならないことが

 

多いようである。

 

 

 

友人は、と言えば、母親が病院を出て山の村に行ってからというもの

 

ずっと泣いている。

 

ネパール人の大好きな「ご飯」を何日も食べていないので

 

体調はどうかと尋ねると、

 

「(お腹がすいていることもあるけれど)

 

私の身体にはエンジンが無くなったから動かない。」

 

と、、、、、、。

 

 

そうなのだ。

 

母親をとびきり大切にするネパール人。

 

彼らにとって、母親とは身体の「エンジン」なのだ。

 

 

 

お母様のご冥福をお祈りいたします。