「グロリアス、聞こえる!?グロリアス!」
何度となくジルファーが呼びかけるが、返ってくるのはノイズだけ。
ジルファーはフルミネに駆け寄ろうとする。だが、それを邪魔する機体があった。
白、青、金のジェノザウラー。背部にはシールドライガーDCSのビームキャノン。さっき、重砲部隊に向かっていった機体のはずだ。確認しようとするが、それが無駄だと悟る。こちらに来たということは、撃破されたのだろう。たった一機のジェノザウラーに。
「なんなの、あんた!どきなさいよ!」
『・・・ひとつ確認することがある』
敵ジェノザウラーのパイロットは、それを無視してジルファーに通信を繋げる。
『あいつは、この顔写真と同じ人間か?』
その言葉と共に、写真が送られてくる。
そこに写っていたのは、確かにグロリアスだった。だが、大分幼く見える。12歳くらいだろうか?
「えぇ、たぶんね。それがどうしたの?早くどきなさいよ!」
ジルファーは気が動転して言ってはいけないことを言ってしまった。この状況でむやみに敵に情報を漏らすのは許されざる行為である。事実、その言葉は敵の気持ちを高ぶらせるのに十分だった。
『そうか。そいつは、無理だ』
敵ジェノザウラーのパイロットがジルファーの言葉を無視する。
『こいつと同じだと言うのなら、あいつの身柄は預からせてもらう!』
その言葉と共に、ジェノザウラーが咆哮する。しかし確認すれば、右腕はなく、左側の脚部の装甲は剥がれている。先程襲撃した重砲部隊との戦闘で与えられた傷だろう。
しかし、ジルファーの機体のほうが損傷はひどい。無理矢理離脱しようとしたせいで、削られた装甲やバスタークロー、さらには先程エクスブレイカーを突き刺したまま離脱したので、両のアクティブシールドもない。更にENの残量がかなり少ない。これでは、唯一のアドバンテージであるはずの機動力も、スラスターが使えないのだから互角、もしくはそれ以下だろう。
どうする―――。
しかしその時、ジェノザウラーはテュランZSに背を向けた。そして、一直線にグロリアスのフルミネに向かっていった。
まるで、ジルファーが考え事をしているのを悟ったかのように、隙を突かれた。
「あっ・・・!」
慌ててテュランZSもジェノザウラーを追う。
しかしその機動力は、健全な状態のテュランZSからは想像もつかないほど遅かった。恐らく、200km/h前後だろう。
遅いテュランZSは放っておき、300km/h程のスピードでライルのジェノザウラーは、フルミネにたどり着く。そして、首部を爪で切り裂こうとした。コクピットごと持って行くつもりなのだ。
しかし、横槍がはいる。機体右側にビーム砲。直撃するものの、それほどの損害はない。
《間に合った・・・?》
右を向くと、そこにはレドームを装備したグスタフがいた。第32特務小隊の母艦ゾイド、リン=ランス曹長の操縦するグスタフレーダーカスタムである。
後方の観測部隊にいるはずだったが、グロリアスがゴジュラスギガと交戦していると聞いて、駆けてきたのだ。
しかしそんな事ライルが知る由もない。ただの自分の行動を邪魔する敵。それだけだった。
『邪魔をするなぁっ!』
ライルのジェノザウラーはその距離のまま背部のビームキャノンを発射する。対しグスタフは頭部を装甲内に引っ込め、防御姿勢をとる。
そしてビームキャノンが着弾するのと同時にライルはフルミネに近づく。そして、その首部に、ジェノザウラーの爪を突き立て、機体方向に一気に引き裂いた。だが、まだ切断はできない。
しかし、何かを感じたのか、ジェノザウラーは爪を引き抜いて離脱した。次の瞬間、さっきまでジェノザウラーの頭部があった場所に、アクティブシールドが飛んできた。それはジェノには当たらず、フルミネに落下する。
だが、そんな事お構い無しのように突進してくるのは、バーサークテュランZS。ENが切れかけていることもお構い無しにスラスターを全開にしている。
『クソがっ。一体どんだけ邪魔すれば・・・!』
ライルは罵声を上げながら、テュランZSに向けて背部のビームキャノンを放つ。
ライルは、危惧していることがあった。ジェノザウラーの稼働時間である。背部のビームキャノンは、LRパルスレーザーライフルよりも威力は高いが、その分ENを多く消費する。それに加え、もともとジェノザウラーは稼働時間に若干問題があり、そのことを危惧したライルは、短期決戦を仕掛けようとする。
しかし、この短期決戦に持ち込む事こそ、ジルファーが狙っていることだった。
スラスターを全開にしたことこそ、敵を短期決戦に持ち込むための賭けだった。これにより、敵はジルファーの機体に十分なENが残っていると思ったのだ。そして、ジルファーはその賭けに勝った。敵はまだテュランZSのENが切れかけていることを見抜けなかったのだ。
長期戦に持ち込まれれば、テュランZSはジリ貧だったが、短期決戦ならば、ジルファーにも勝ち目がある。
(狙い通り・・・!)
ジルファーは内心ほくそ笑む。そして、2機が激突する。
ジェノザウラーがワイヤーアンカー式ハイパーキラークローを射出する。実際はENのきついテュランZSは、Eシールドを展開するのではなく、運動能力でかわす。
これ以上スラスターを使っていては、ENがあっという間に切れてしまう。もともとの運動能力が高いT-REX型ゾイドは、スラスター無しでもそこそこの機動力、運動能力を発揮する。
バーサークテュランZSは、かわした後、バスタークローを構える。そして、バスタークローが高速回転し始めた瞬間だった。
断末魔の叫びが戦場に響き渡った。
しかもそれは、バーサークテュランZSの背後で上がったのだ。
テュランZSも、ジェノザウラーも、驚いて叫びが上がった方向を向く。
その時、一筋の閃光が消えた。
そして、断末魔の叫びを上げたゾイド―――ゴジュラスギガの巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
先程の断末魔の叫びは、セイスモがゴジュラスギガを超収束荷電粒子砲『ゼネバス砲』でを貫き、そして上げたゴジュラスギガの叫びだった。
そして、その奥では、紅いグレートサーベルカスタム黄色いブレードライガーカスタムに叩き伏せられているのも見えた。
そして、共和国に、通信が響き渡った。
『クック要塞司令部から、共和国軍に告ぐ。我が軍は、当要塞を破棄する。全軍、後方のクック港まで撤退せよ。繰り返す。我が軍は、当要塞を破棄する。全軍、後方のクック港まで撤退せよ』
その言葉を聞き、愕然とする共和国。その理由は、実は共和国が起動できたゴジュラスギガは、数がかなり少なかったことに起因する。
先のクック要塞攻略戦で活躍した30機のゴジュラスギガは、そのほとんどがデスザウラー等との戦闘で中破していた。当然修復されるが、古代チタニウムコーティングは貴重な物質を使っているため、ネオゼネバス軍の襲撃に修復が間に合わなかったのである。そのため共和国軍は、起動できるゴジュラスギガ以外の、修復の終わっていないゴジュラスギガを戦闘が行われている間にクック港に撤退させていたのだ。
そして、先のセイスモが貫いたゴジュラスギガ。これが、共和国に残された最後の起動できるゴジュラスギガだった。それが撃破された今、共和国にクック要塞を防衛する力は残っていなかったのだ。
ブレードライガー・ウインドに搭乗するアーウェイ=グラント大尉、ジェノザウラーRSに搭乗するライル=リルフィード少佐にもそれは聞こえていた。
アーウェイは敵のグレートサーベルカスタムのコクピットを踏みつけようと近づくときにその通信を聞いた。しかし、こいつだけは殺したい。その思いに駆られ、ブレードライガーでグレートサーベルカスタムのコクピットを踏みつけようとする。しかし、そこにセイスモの護衛のゾイドたちが火力を集中させる。
「ちっ・・・!」
これ以上踏み止どまっては、撃破されると悟ったアーウェイは、仕方なく愛機を後ろに向かせて撤退する。
「次こそは、必ず・・・!」
もういい加減殺してやる。これ以上、先の予想させる展開は見せない。そう誓いながら、アーウェイは撤退していった。
一方のライルは、グロリアスの確保は困難と見て、撤退しようとする。だが、そのためには目の前の紅いバーサークフューラーを何とかしなければならない。
しかし、紅いバーサークフューラーは、道を開けた。さらに、後ろを向く。撤退しろと言うことなのだろうが、それはかなりの屈辱だ。
しかしライルには、戦うと言う選択肢はなかった。撤退が、一番良い選択肢だろう。唇をかみ締めながら、ライルは撤退して行った。
そして、撤退を確認すると、ジルファーは慌ててテュランZSを駆ってグロリアスではなくラベルトの機体に駆け寄る。
「ラベルト、大丈夫!?」
無線で通信するが、応答はない。そして、コクピット横の端末を操作し、暗証コードを入力する。そして、開くサーベルのコクピットハッチ。
急いでコクピットの中に入り、ヘルメットを外す。顔色は悪くはない。そのため、頬に思い切り、ビンタを一発食らわした。すると、驚いた様子でラベルトは目を覚ました。
「な、なんだぁ!?何すんだよ、ジルファー!?」
「あんたが気を失ってたから目を覚まさせてやったのよ。どうやら、大丈夫なようね」
「ここに傷ができたよ」
そう言って、赤く手形のついた頬をさするラベルト。
「そんなのすぐ消えるわよ。でも・・・無事で何よりだわ」
つっけんどんな態度はとらず、安心して、涙が目じりに浮かぶジルファー。
「ま、なんというか・・・、とりあえず、どけてくれないか」
その目じりに浮かんだ涙と、ジルファーの安堵した表情にドキリとしながらも、ラベルトはそう言った。
ジルファーが見れば、機体の足元にセイスモの護衛部隊の救護班などが集合し、気まずそうな表情で下を向いていた。
「あ・・・、ごめんなさい」
こちらも少々顔を紅くしながらコクピットからどけるジルファー。
その時、ヘルメットを被ったままのジルファーに、悲痛な声が聞こえ始めた。
「グロリアス君、大丈夫!?グロリアス君!」
リンの叫びだった。どうやら、回線を繋いだままのようだ。ジルファーが慌ててグロリアスのフルミネに駆け寄る。ちょうどその時、リンがグスタフでフルミネを引きずっている最中だった。
「どうしたの、リン!?」
「コクピットハッチが、山に邪魔されて開かなくて、それで、引き摺って・・・!」
「リン、まず落ち着きなさい」
気が動転しているリンを宥めるジルファー。
そして、コクピットハッチが開くところまで引きずった所で、リンは暗証コードを入力する。そして、ジルファーとリン、駆けつけた救急隊員でコクピットハッチをこじ開ける。
そこに、シートにベルトで固定されたまま横たわるグロリアスがいた。動く気配は、ない。
リンがヘルメットを外す。グロリアスは、やはり意識がなかった。ヘルメットやバイザーは無事だが、口からの流血はまだ収まっていない。どうやら、舌を噛み切ったようだ。あわてて脈を確認すると、予想に反してしっかりはしていた。ほっと安堵するが、そんな場合ではない。急いでベルトを外し、外に引きずり出す。だが、グロリアスがいくら男性としては小さいとはいえ、軍人のためやはり重い。セイスモの護衛部隊の救護班達と共に、グロリアスをコクピットから引きずり出す。
地面に横たえ、救護班が周りに集合する。問いかけには、全く応じない。肩を叩いたり、揺すったりするが、それでも駄目だ。
「どうしよう・・・」
医療の知識はあるが、勿論救護班には敵わない。何をしていいかわからず、その場に立ち尽くすリン。
すると。
「う・・・ん・・・」
慌てて駆け寄るリン。
すると、そこには目を半分開けているグロリアスがいた。
まだ朦朧としているようだが、とりあえず意識は戻ったようだ。
「大丈夫、グロリアス君!?」
するとグロリアスは、
「・・・ま・・・、何とか・・・」
いつもの無表情のままで、語りかけるグロリアス。
だが次の瞬間、むせて血を噴出した。
「君、話すんじゃない。舌圧紙にガーゼ巻いて。よし、運ぶぞ。運びながら顔拭いてやってくれ」
救護班班長がそう言って、担架に乗せてグロリアスを運ぶ。心配そうに見送るリンとジルファーに、グロリアスは手を振って見せる。いつもはそんな仕草は見せないが、安心させようとしているのだろうと思う。
「ま、大丈夫でしょ。あの様子だったし」
ジルファーがリンの肩に手を置いてやって宥める。
その向こうでは、ラベルトも運ばれていっていた。
「おーい、ちったぁ俺の心配もしてくれや」
「・・・あいつは心配するに値しないわ」
あきれた様子で眺めるジルファー。
リンは、まだ立ち尽くしている。立ち尽くしたまま、グロリアスの運ばれていった方向をじっと見ていた。
そして、あたりには霧が立ち込め始める。
「戦闘の後でよかったわ。戦闘中だったら同士討ちも発生するしね」
安堵した様子で言うジルファー。リンは、まだグロリアスの運ばれていった方向を眺めていた。しかし、霧も立ち込め始めたため、最早その方向は真っ白に白濁した光景が広がっているのみである。
「さて、私達も行くよ、リン。私のテュランと、フルミネとサーベル。グスタフに載せないとね」
そう言って、愛機に向かって歩いていくジルファー。
リンは、ようやく踵を返してグスタフの方向に歩いていく。
しかしその表情は、心ここにあらずと言った感じであった。
運ばれていく、霧に隠れ消えていく、親しい人。しかし、そこに生まれた感情は、それはただ親しいからというだけなのか。
もしかしたら・・・。
いや、今は考えないほうが良い。
今の自分の役目は、倒された自分の所属する部隊のゾイドを要塞まで運ぶことだ。自分の私情を挟むときではない。それはまた今度考えればいい。
そして、リンはグスタフのコクピットに滑り込む。
どうやら、クレーンの役目を果たしてくれる作業用ゾイドも到着したようだ。霧が立ち込めて、良く見えないが。
リンは、グスタフを発進させる。人の熱を感知する特殊なレーダーを稼動させながら。そしてグスタフは、霧の中に消えていった。
第2話 交錯する運命 完