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新型コロナの「5類移行」から、まもなく1年となります。国民生活、社会経済活動に極めて多大な影響を与えた「コロナ禍」ですが、多くの人にとって過去のことになりつつあるのかもしれません。そんな中、政府が感染症対策についての「政府行動計画」を大幅に改定する準備を進めています。 |
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一言でいえば、将来のパンデミックに備えて、平時からの準備や対策、そして新たな危機が起きた時の対応策をまとめた「政府行動計画」をイチから作り直したものです。現行版は89頁ですが、改定案では223頁に膨れ上がっています。 |
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4月24日に改定案が公表され、5月7日まで国民の意見募集(パブリック・コメント)の受付を経て、今月中に最終案をとりまとめ、6月にも閣議決定される予定です。 |
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実は、この改定案では現行版にない「有事」という表現が初めて登場し、63ヶ所も出てきます。「有事」では「封じ込め」を念頭にした対応をとるとされています。 |
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感染症危機に準備、対処することは当然のことですが、何をもって「有事」と位置づけるのか、「封じ込め」を念頭にした対応をいつまで続け、どの時点で断念するのかが、はっきりしません。他にも非常に重大な問題をはらんでいるのですが、現時点でメディアの報道は極めて少ないのが現状です。 |
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筆者は、「政府行動計画」改定案に、いつ早く、平時から「偽・誤情報の監視・対処」を行う方針が盛り込まれている問題を確認し、報じました。5月3日の憲法記念日には表現の自由の観点から問題はないのか、憲法学者へのインタビュー記事も寄稿し、CBCテレビ(TBS系列、名古屋を拠点)もこの点を詳しく報じています(YouTube)。 |
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ですので、このニュースレターでは、コロナ禍で様々な対策の行き過ぎや弊害を生じさせた「コロナ対策禍」という観点から改定案を分析し、問題点を解説します。 |
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私が注目して分析したポイントは、次の3つです。 |
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① 何を目的に、いつから「有事」対応に切り替え、いつまで続けるのか。国民生活・社会経済活動への影響を最小限にとどめるための「入口・出口」戦略は明確に示されているのか? |
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② 人権侵害や差別、過剰な対策の防止策・是正策は盛り込まれているのか? |
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③ 政策判断のバランスを保つため、特定分野の専門家の意見に偏らず、多様な意見をくみとるための仕組みは取り入れているか? |
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2023年9月に新設された感染症危機の新たな司令塔「内閣感染症危機管理統括庁」(首相官邸HPより) |
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何のための全面改定か? |
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政府は、昨年10〜11月にかけて計23人の関係者・有識者から集中的にヒアリングを実施しました(「新型インフルエンザ等対策推進会議」第3回〜第5回参照)。それを踏まえ、コロナ禍において「平時の備え」「変化する状況への対応」「情報発信」の面で課題があったと整理しています。 |
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これらの課題を克服するため、大きく3つの目標が設定されました。 |
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① 感染症危機に対応できる平時からの体制づくり
② 国民生活・社会経済活動への影響の軽減
③ 基本的人権の尊重 |
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特に②と③は、国民生活・社会経済活動への影響や、基本的人権の制限が非常に大きかったという認識が表れています。過剰な「コロナ対策禍」への反省を踏まえたものと言えそうです。 |
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こうした認識や反省を踏まえて全面改定されることになったのが「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」です。 |
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これは、感染症危機への基本的な方針や対策を盛り込んだもので、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」)に基づいて、政府に作成が義務づけられているものです。政府だけではありません。政府の計画を踏まえて、各自治体などでも作成することが義務付けられています。 |
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そうすると、この改定案に、コロナ禍の課題・反省を的確に捉えたうえで、意味のある、実効性のある改善策や対応策が盛り込まれているかどうかが、チェックすべき重要なポイントになります。 |
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改定案の大きな問題点 |
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以下では、今回の政府行動計画改定案について、筆者が考える問題点を大きく3つに整理して説明していきます。 |
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① 「封じ込め」ありきで、政府の裁量の「歯止め」がない |
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第一に、改定案は「封じ込め」ありきになっています。「有事」対応を回避するシナリオや、「封じ込め」を断念するシナリオが入っていないのです。 |
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いったん戦争が始まると、どのようにして戦争を終わらせるかが難しく、戦争終結のシナリオがないとダラダラ続くのと似て、感染症危機の「有事」対応も終わらせ方が難しいことは、コロナ禍で経験済みのはずです。 |
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ところが、この改定案では、いとも簡単に「宣戦布告」を行い、その後どのようにして戦争を終わらせるのかが示されていません(この点はこのあと少し詳しく解説します)。 |
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しかも、政府は一度「有事」対応を選択すれば、「国民生活、社会経済活動への影響を最小限にとどめる」どころか、コロナ禍と同様、国民生活、社会経済活動の制限を長期間続けることができるようになっています。 |
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「柔軟」「機動的」という言葉だけがたくさん出てきます。たとえば「原則2週間、長くても1ヶ月」というルールにした上で、どうしてもやむを得ない場合は延長するという考え方を示すこともできたはずです。しかし、「柔軟」「機動的」に対応できるようにするための具体的なルール、仕組みの担保が全く盛り込まれていないので、政府の完全な自由裁量になっています。 |
② 差別や人権侵害の防止・是正策が入っていない |
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第二に、「有事」対応をとった場合に起きやすい人権侵害や過剰な対策などに対する防止策、是正策が全く入っていません。 |
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「基本的人権の尊重」「偏見・差別はあってはならない」といった当たり前のことを書いているだけで、やることといえば、せいぜい「啓発」にとどまっています。たとえば、法務省の「人権擁護機関・調査救済制度」の大幅な拡充や機能強化といった具体策も何もありません。 |
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コロナ禍では、医療者や感染者やその家族、マスク非着用者、ワクチン未接種者、接種後の健康被害者等への誹謗中傷・差別行為が横行し、医療機関などでは患者や遺体との対面機会の制限、剥奪といった対応もとられました。学校で子どもは長期間、大人以上に選択の余地なく黙食やマスク着用などが事実上義務化され、イベント参加なども含めた教育を受ける機会も必要以上に奪われていたとみられます。 |
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改定案では、こうした事態が再び繰り返されても、何の手立ても、是正するための方法も示されていないのです。 |
③ 多様な意見をくみとって修正する回路が欠如している |
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第三に、改定案は、ごく少数の有識者の意見を聴いただけで作成されているという問題です。 |
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政府行動計画は「新型インフルエンザ等対策推進会議」の意見を聴いて作成することになっていますが(特措法6条5項)。定員は35人ですが(特措法70条の4)、現在は15人しか任命されていません(コロナ禍では35人任命されていました)。 |
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今回、改定案作成に先立って行われたヒアリングも23人だけで、たとえば法律家は弁護士1人、教育分野はゼロでした(後掲リスト参照)。 |
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改定案には「社会経済活動への軽減」あるいは「感染拡大防止と社会経済活動のバランス」といった言葉は出てきますが、根底には、政策決定やリスクコミュニケーションにおける政府と専門家の関係性の問題、あるいは、感染症に関係する専門家の意見が強くなり、政策決定におけるバランスや柔軟性が欠如しがちになるという課題があったはずです。 |
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実際に「有事」対応するとなった場合、たとえば、「分科会」などを活用し、様々な分野の専門家や関係者により多く関与させるなどして、異なる多様な意見を取り入れて、多くの課題に対処したり、政策判断の軌道修正できるようにしたりすべきでしょう。 |
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しかし、改定案をみる限り、そうした発想が全くないようです。 |
【政府行動計画改定案作成前のヒアリング対象者23名のリスト】 |
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「有事対応」ありきの危うさ |
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今回の改定案が「有事」対応ありき、になっている問題点について、もう少し詳しく解説します。 |
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まずこちらのスライドをご覧ください。 |
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新型インフルエンザ等対策政府行動計画改定案(4月24日公表版)に基づき、筆者作成 |
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新たな感染症などの流行の可能性が出てきた場合、「初動期」の対応がとられることになっています。 |
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「有事」と認識された場合は、政府対策本部を設置して「対応期」に入るというシナリオです。 |
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「対応期」に入ると「封じ込め」を念頭に行動制限措置など強い対策をとることが想定されています。国家間紛争でいえば「戦争」状態に入れば、早期の停戦を模索するのではなく、徹底的に戦闘することを基本としているわけです。「封じ込め」を念頭にした対策は、当然ながら、国民生活・社会経済活動に大きな影響を与えることになります。 |
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「封じ込め」が不可能な目標であれば、それを基本とするのではなく、医療崩壊が切実になるなどの例外的な場合に限り、最後の手段として行動制限措置をとるという選択肢もあるはずです。しかし、改定案では「行動制限措置は最後の例外的な手段」という考え方は全く示されていません。 |
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一方で、政府対策本部を設置せずに対応するという道もあります。ここが大きな分かれ目になるはずです。しかし、改定案には、「有事」対応への切り替えを回避するという発想もみられないのです。 |
法制度上は「有事」対応ありき、ではない |
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法制度としては、①厚生労働大臣が「新型インフルエンザ等感染症」「指定感染症」「新感染症」のいずれかの発生を公表した場合、②特措法に基づく政府対策本部を設置して対応にあたることになっています。ただし、③政府対策本部は「季節性インフルエンザの病状の程度に比しておおむね同程度以下であると認められる場合」を除き設置する、ともなっています(特措法15条1項)。 |
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季節性インフルエンザも重症化・致死リスクがある感染症です。それと厳密に比較することは困難でしょうが、要は、重症化・致死リスクがさほど高くなければ、特措法に基づく「有事」モードに切り替えず、特措法に基づかないで対応することも、法制度上は想定されているということです。 |
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戦争でいえば「宣戦布告」するかしないかという判断です。何らかの外交的な譲歩によって戦争を回避するという選択肢です。 |
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改定案には、このような重大な決断を、誰が、どのような判断基準で、どのようなプロセスで行うのか、改定案には全く盛り込まれていないのです。この点は統括庁の担当者にも確認しました。 |
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また、政府対策本部を設置しても、行動制限措置を実施する場合は別の前提条件があります。 |
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「肺炎、多臓器不全又は脳症その他厚生労働大臣が定める重篤である症例の発生頻度」が季節性インフルエンザにかかった場合に比して「相当程度高い」という条件です(特措法施行令5条の5)。 |
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行動制限措置を実施するためには、この条件を満たしているという調査や判断が必要となりますが、この判断プロセスについても改定案は全く触れていませんでした。 |
「封じ込め」を目指す対策は勝算があるか |
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そもそも「封じ込め」という対策には、いったいどれほど合理性、あるいは現実的可能性があるのでしょうか。 |
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最初期の「封じ込め」で「ゼロ」を目指すなら、早々に強い措置をとることにも合理性はあるかもしれません。 |
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ほぼ完全な「封じ込め」に成功するかどうかは、この改定案でいえば「初動期」の対応で決まるはずです。世界各国で足並みをそろえて最初期に短期的集中的に強い措置を実施すれば、「封じ込め」の成否が判明するでしょう。 |
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一国だけ成功しても、他国で失敗すれば、いずれ流入は避けられず、「封じ込め」を断念せざるを得なくなります(新型コロナの場合、台湾は早期の封じ込めに成功したとみられていますが、その後は断念し、トータルの人口あたり感染者数・死者数は日本を上回りました。オーストラリアやニュージーランドもかなり増大しました)。 |
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「日本一国だけでの封じ込め」には時間稼ぎ以外にさほど意味がなく、「世界での封じ込め」ができるかどうかなのです。それが成功せず、流行を抑えられないとわかったあとは、無理に「封じ込め」のための人為的な行動制限を繰り返したところで、戦いに勝算はありません。 |
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あとは各自の感染対策や医療的な対応しかない、と潔くあきらめるほかないのです。 |
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そうした現実をみすえることなく、あたかもが日本一国で「封じ込め」を念頭にした対策を続ければ終息に向かうという非現実的な想定のもとで「有事」シナリオが作られていることも、大きな問題ではないかと思われてなりません。 |
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