年末年始2度にわたる緊急入院。年明け2日目夜間に至っては耐え難い腹痛に再び襲われ緊急救急車の搬送。

 

ちょうど2年前の2023クリスマスに認知症回避のための葉酸摂取目的のドライフルーツ杏(アンズ)コストコ購入大袋をだらしなく多食した原因で引き起こした腸閉塞の再来。

12月半ばの入院は連れ合いの還暦祝いバイキング形式ステーキ・ファミレス家族会食のあと。

年明け元旦から2日目の夜間地味な正月料理と雑煮餅連チャン摂取の8時間後。

あと二年弱で七十を迎える加齢=餅食と腸閉塞の連関について主治医は腸貫通再手術の可能性迄示唆しての苦笑いといった結果に収斂されたのだが

いずれの日もアルコールは1滴も口にしていない。

これも生涯過去二十数年の間2度に渡る大掛かりな消化器系外科手術(大腸癌切除、胃全摘)を受けている身であることが前提であるにしてもだ・・・・・・・(餅で腸閉塞?=餅イレウスが起こるメカニズム!)

 

 

 

 

昨年9月下旬の母の死後よりモーツァルト、シューベルト、ブルックナー全般について、なにも胸の内に入ってこなく、特に楽天的なモーツァルトがまるで受け付けられない状態が続くなか、ブラームス、ショスタコに至ってはブラームスの憂愁に満ちたいかなる曲調も、ショスタコの空を覆い尽くすどす黒い旋律でも一聴(いっちょう)で気分がムカムカ悪くなるだけ。

ただただ、いまはとにかくバッハだけ バッハのみ 悩ましくバッハに限定せざるを得ない心理状態が持続する。

もしかしてもはやモーツァルトにシューベルトにブルックナーに帰ることなく向こう側へ帰着してしまうのも有りなのかなとも考えるようになった。

 

身長175センチ初老オヤジが小学6年男子のおおよその平均体重46㌔を下回る水準に再突入。体重45㌔台って。水分限定補給の点滴と10日間以上の完全絶食治療の結果とはいえ、かなり怖ろしい局面に冷や汗!

 

 

前記事で触れたフルトヴェングラーだが、因みにカラヤン同様私は1枚も所有が無い。

バイロイト`51もウラニア`44でさえも。

何度も同じ話の繰り返しになるが、HIROちゃんさん(真空管アンプの自作/クラシック音楽/家庭菜園ブログ記事でおなじみの)が製作されている真空管アンプとアナログLPとそれなりの専用カートリッジ、専用アナログプレーヤーでの再生でなければ戦前、戦後直ぐの大体のモノーラル録音(特に`30~`50年迄の録音?)のまともな再生は逆立ちしても絶対(敢えて絶対と言おう!)不可能という現実はいかんともしがたい。かなりの大枚を払ったにせよトランジスタアンプでのCD再生音からは到底信じられないような音がスピーカーから飛び出してくる。

そこに往時のウィーンフィルを振るワルターの輪郭がはっきりとする姿、ベルリンフィルを手繰るクナッパーツブッシュの息遣いまで聴こえてきそうな音が現出する錯覚さえ引き起こす音―なんだよな。

オーディオを一新して往年のトスカニーニ、ワルター(特にVPO=GR盤等)、フルトヴェングラー、アーベントロート、クナッパーツブッシュ、シューリヒト、クレンペラーらの芸術の本質を堪能するは学生だったほぼ半世紀、五十年前に断念している。

だがここにきて自分の体力も寿命も確実に終着点が見えてきてしまった。

オーレル・ニコレ クラウディオ・アラウ パウル・クレッキ ペーター・マーク(ネーメ・ヤルヴィもフルヴェンに関してはムラヴィンスキーと双璧に師事していたという)等フルヴェンから薫陶を受けたり親交があったり、関わりがあるアーティストたちの未開のコレクション収集方向が見えてきたこの矢先にこれだ。

 

だが ーそれも然り。  

すべて、すべてあるがままを受け入れよう。

母からの膨大な遺産相続((笑)で経済的には高額なオーディオ購入実現可能になった今こそ、この身体がこの先多分保たないであろう逃げきれぬ現実をのど元に突きつけられた。

1954年後半フルトヴェングラーが亡くなる自分自身のヨワイ六十八をついに経過する今になってだが。

多分だが、自分に残された時間がもう無いと冷静に判断してー

 

ただ1つ可能な事は手元に残る自分が選択する幾つかのバッハの調べと共に歳を重ねる毎に少しづつ見えてきているこの向こう側へと旅立つこと―無限に拡がる宇宙へと覚悟として、回帰してゆくこと。永劫の無機質の時間の流れに溶け戻ってゆくこと。