やっと熱帯夜から解放される日がきた
ブルックナー6番のアダージョに癒されながらネットでブルックナーをざっくばらんに検索してると
津田沼駅前ホールで聴いた習志野フィル/山岡重信のブルックナー8番がふいに思い起こされる。
全楽章、最低限のスキル不足も甚だしい市民オケのブル8であったが、ここまで極端でなくとも大阪フィルも基本的にはこの水準と五十歩、百歩だなと痛感。まさに‘65シェルヘン/ルガノ放のベートーヴェン第9宜しく弾ききれない譜面上音符脱落が連続するトンデモ公演だった。
そんな山岡重信氏も2022年、2年前に亡くなってることを知る。(享年九十一)
さらに故:奥山会長筆頭にブルックナー愛好会有志で四谷紀尾井ホールにて東京フルヴェンオケのブルックナー9番を聴きに行った想い出。
そんな佐村河内問題で新聞紙面を賑わせた音楽学者?兼指揮者野口剛夫氏も2023年9月20日、丸1年前に五十八で早逝されたことを知る。
さて、何だカンダ悪運強くしぶとく生きながらえてる私自身この時期になると毎年恒例移ろいゆく季節、時節を実感するためか
涼風漂うシベリウスに加えてトータル/ブラームス作品を流し聴き伝う。
USB収録巻頭に来る交響曲4曲と各序曲セットは敢えて処分仕切ったザンデルリンク、マゼール、セル、ベーム、ケルテス各盤はもはや手元に無くサラッと快速ネーメ・ヤルヴィ/LSOのみに。加えて2番のシューリヒト、ダウスゴーと寂しい限りだ。
DGネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ響の6枚組を入手。
検索するとシベリウス交響曲マニアというこれはこれでかなりコアなフリーク層が結構な数おられびっくりする。ネーメ・ヤルヴィ盤はその抽象性、孤絶感覚においてEMIベルグルンド/ヘルシンキ盤より鑑賞には平易で聴きやすい側面を持つと思う。
ブラームスはかねてよりUSBに交響曲からコンチェルト、室内楽CD二十枚強程度まとめ収録したものを只々映画音楽気分で延々と流しっ放しに。サガンのブラームスはお好きを思い返すまでも無く突き詰めて、ブラームスって良い意味?でもかつ悪い意味?でも映画音楽的な要素が否定しえない。当時のウィーン楽壇を鼓舞したその驚異の天才性は認めつつ、ヴィジュアル傾向の側面強し情感に依拠するあまり音楽の純度が袋小路に陥いる傾向が強い。










