荒涼とした面々と続く旋律が何故か心地よい。

ハーン二十二の時の録音、イブラギモヴァは三十三。

ショスタコVn協1番はムローヴァ、エーネス、ハーン、イブラギモヴァと4枚揃える。

ただ1983年二十三を迎えた折りソビエトからスェーデンの宿屋1泊かけての緊迫に満ちた亡命を果たす5年後の1988年ムローヴァ盤の迫真性にはどれもたどり着かないような気がする。

こんなポロポロ買い揃えるくらいだったらヴァティァシュビリやパールマンも手放さなくても良かったかなとも思うが前回記した一部のクラシック音楽蒐集家から確実に敬遠されてるように、日々の音楽鑑賞カテに常時加えておくにはモーツァルト、シューベルトと異なりショスタコはやっぱりショスタコの限界を感じる。

ましてやシェーンベルク、ウェーベルンやペンデレツキなど今や全く聴くことは無いが聴いた後の後味の悪さは性質が違うと言っても・・・・・武満徹だって5、6年に1回でも耳にする機会があるかどうかすら怪しい。

三十年以上前だったか、ショスタコ弦楽四重奏曲全集/ブロドスキーの旧盤など曲自体ユダヤ音楽の強い影響?とかショスタコのオケ作品に付きものの多彩な打楽器・金管のオーディオ的側面としての妙味皆無、お馴染み激烈な作品110の8番以外只々暗闇に鬱々と沈殿する弦合奏の光明無き旋律等とても耐え難いと感じ購入後殆ど即転手放したもんだ。

 

比較試聴、このコンチェルト1番4枚の中ではエーネスの正鵠な表現に感心しつつも一定の軽さ、線の細さや表現の若さを感じさせてしまうヒラリー・ハーンの二十二の時の録音が今は好みかな?