かつてクレンペラー盤を購入予定にしていて、結局未納となりタップリ半世紀以上の時間が流れた。

時は1967年ー岩波文庫のロマン・ロラン「苦悩の英雄L.Ⅴ.ベートーヴェンの生涯」「ベートーヴェン書簡集」の熱読―かなりの、ベートーヴェンフリークひいてはカラヤンフリークだったクラシック音楽自体との逢瀬で燃え上がっていた。

1962年の第9合唱、1966年ミサソレムニスのカラヤンのLP/DG盤を毎日聴いて小学生の私は舞い上がる舞い上がる。

あれから57年?58年?が経過し、この度たまたまお茶の水DU棚に並んでいた2014年実況ハイティンク+バイエルンRSOを贖い反復再試聴。

荘厳ミサ曲ってこんなにも第九に比べて冗長、晦渋で作曲家の躁状態が延々持続する重量級ピースであったことに改めて少し驚く。そりゃワーグナーの楽劇、ベルリオーズのレクィエム、マーラーの千人といった超巨大編成志向演目が音楽作品作曲史後続として予見、企図されるわな。バッサリ、ソレムニスの構成、記憶、印象が見事に記憶から消えてるのはカラヤン盤だったからか?

『ベートーヴェン捏造』なんて映画観たせいでベトヴェン漬けに、スメタナSQ後期弦楽四重奏曲も続けて繰り返し反復、複聴する。

 

 

 

 

 

お茶の水でハイティンク/ソレムニスに付け加え金管合奏フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの1枚もレジにもっていったが、これはどうだろう?

買わなくてよかったかな。

時々疲れた時、BGMでかけ流している中世バロックーヴェネツィア楽派/PJBE《ガブリエリの饗宴》のような耳に清涼剤のようなものを期待したんだが?!