陸前高田広田に行ってきました。

そして帰ってきました。

…震災直後より続けてきた、被災地への笑顔復興支援。



元々、「何かしなきゃ」という思いで、
おこなった事ですが、今回まで5度ばかりですが継続してきました。



日々、酔いどれの『角打ち酒場開業』



しかし、
メディアの露出も減る中、僕の周りの多くの人も関心が薄くなっている事を感じます。

取引先等含め、何となく協力を求めたところもありましたが、
「また、行くんだぁ…いってらっしゃい!」ってな感じを今回は特に想いました。


僕個人的に、多くの方に恵まれ助けられてきました。


辛く、大変な時期も超えれました。

だから、僕は今も"ヘラヘラ"と好きな事をやっていられるのも確か。


直接、お世話になった方へ、恩や、想いを返す事が本当かもしれませんが、
あのタイミングであった、あの出来事(東日本大震災)。

ジッとしてられなかったのです。


そして一つの目安として、仮設住宅を出る頃までは続けたいと考えています。

いわゆる来年の夏あたりまで。


何を伝えたいかと言うと、
何も出来なくても…しなくても…
まだまだ現地は普通じゃない事だけを知っていてほしいだけです。



現地の皆さんは、一日でも早く普通に・・・いやっ!それ以上のするために

本気で、メチャメチャ頑張っています。


眼をギラギラさせて。



 先日、岩手県陸前高田にある広田小学校より
うちの息子が通う、横浜市立上○井小学校に一通の郵便物がが届いた。


去年、震災があった49日後に向い炊き出しをした
陸前高田広田町


その後の6月に2度目の炊き出しに向かった際

僕が再び被災地へ向かう事を知った、
うちのジュニアが通う小学校より

『うちの6年生一同で書いた、広田小学校へ応援メッセージを届けて欲しい』

との事があり、広田小学校へ届けた事がある。



広田小学校正面玄関を抜けると
全国から届けられた被災地を応援する熱いメッセージがズラリと貼ってある。


僕が、代理で届けたメッセージを、そのほぼ中央部に貼ってくれた。



・・・・・・・・・・・・・・それから8ヶ月。


ジュニアの小学校に広田小学校より届いた”ソレ”を先生が僕に見せてくれた。



あの忌まわしき大震災から直に一年になろうとしている。


昨年の12月に行った際にも感じたが、まだまだすべき事はたくさんある。

いわゆる全然、普通じゃない。


それでも頑張って

「極力自然にやってます!」

をアピールするかのような・・・・・・
小学校の子供たちの楽しい笑顔が詰まってる、
震災後の約一年を綴った たくさんの写真。(その、ほんの一部ですが)
日々、酔いどれの『角打ち酒場開業』

日々、酔いどれの『角打ち酒場開業』



そして学校に贈られた、感謝状。

それを読んだ僕は、何だか涙が浮かんできた。


日々、酔いどれの『角打ち酒場開業』


近々、また行きたくなった。

する事はたくさんある。

しかし、一個人の僕に、
この先、何が出来るのか?

これからも皆の力を借りたい。


僕はそれを届けに行きますから。


人に媚びる必要はない。

しかし、嫌われる事をする必要も無い。

人間、素直になる事は必要である。


iPhoneからの投稿
今年、
2011年3月11日(金)、東日本に未曾有の大震災がありました。

直ぐにでも何かをしたい想いの中、僕に何が出来るのか…
そんな時、同じ想いの親友が一台のキャンピンカーを用意してくれました。

お客様、酒問屋、酒造メーカーなどからの皆さんの支援を預かり
震災後 49日の経過を待った4/29に一度目の炊き出しを実施。



単発の行動で終わらないよう再び、皆様や各メーカーの協力を頂き、
百ヶ日を待った 6/19より二度目の炊き出し実施。




10/9には、四年に一度のお祭りながらも中止と聞いていた、
陸前高田市広田の『はしご虎舞』が実施された。

その祭りに合わせ、再び広田に向かうつもりも日程が合わず行けませんでした。
そんな中で、熱い想いの知人から広田の子供たちへ100人分のお菓子を進呈。


......そして、震災より丸9ヶ月の、12/11に三度目の現地へ向かいました。

再びお客様や酒問屋さんの支援を経て、子供たちへのX'masプレゼント届けました。


車やさんの協力による作業車の贈呈を始め、かつて避難所だった『慈恩寺』さんへ。
短い日程ながらも、
移動居酒屋を実施させていただいた、
2か所を訪れ「継続」をテーマに懇親会をさせて頂きました。

ビックリするくらいの現地の海の幸たち


御馳走には、すこぶる感謝です。ホントにごちそうさまでした。


最後に・・・
被災地の復興は、まだまだです。
僕らがすべき事は、来年も再来年も必要なはずです。

しかし、僕ら個人レベルでは限りがあるのも事実です。

毎回、僕が行く事も約束は出来ません。

熱い想いの皆様が繋いで下さると信じています。

■支援頂いたお客様各位、横浜オート、石川酒販、サントリー、キリン、宝酒造、松本酒造、
コカコーラボトリング、(株)クリート........

そして、僕らに繋いでくれた
行動力と勇気ある法政大学の学生さんたちに深く感謝します。



11/15(火)に第6回・居酒屋甲子園に行ってきた。


そういえば、2005年の第1回の時に参加の要請があったな。

その頃、店の売り上げもスタッフも
まぁ、ほどほどに充実していたが、あまり興味無かった。


それから6年かぁ、色々あったなぁ。


とりあえず今の僕には興味も無いのに、
『絶対に、あなたに見てもらいたい!もう一度感じてもらいたい。
そして、もう一度立ちあがって』

って感じで誘ってくれた方が招待してくれたので早起きして向かった。


居酒屋甲子園の参加ではなく、観客審査員として。

チョー早起き&数十年ぶりの満員電車。

さらに眠気。


内容は完全にショーやコンサートな盛り上がり。

約1400店舗からの参加で、
一年かけて
数回の予選や覆面調査(店舗に客として抜き打ち調査)、
コンセプトの発表などを経て
決勝のステージに上がったのは、6店舗。


その6店舗の
サービスの想いをプレゼンで競う。

持ち時間は20分。

演劇調に表現する店舗や、
普段の店をロープレ風に魅せるとこ、
熱くお客様への思いを男気で語る人や、
居酒屋という夜の商売だから…というレッテルを覆そうとか、
何店も出店して失敗して閉めた店もあり、それでもまた出店するんだ!みたいに宣誓したり、
どんな年齢になっても居酒屋を辞めなくて良い仕組みを提案する店などなど。

正直、誘ってくれる方が居なければ一生、縁は無かったかもしれない。

寝てしまうのではと思っていたが
スッカリはまり、燃えてきてる僕が居た。




...................僕は、1号店出店から12年になる。

その間、面接した人数は100人以上、
雇用した社員やバイトの累計総数は50~60人くらいかな。

スタッフは全員最高の奴らで、
伝えきれないくらいのたくさん感謝がある。

スタッフには教えた事も多いいかもだけど、たくさん学んだ事もある。


お客さんにもスゴク素敵な出会いがあり恵まれた。

今でも、仲間として交友させていただいてる人たちも多い。


そして、スゴクたくさんの楽しい事が、いっぱい、いっぱいあった。

大儲けではないが、お金も、ほどほどにあった。



けど所詮、夜の商売・・・・・水商売。っていう言うように思われていたかも知れない。

決勝の6店舗のバイトさんたちも
親や周りから同じような事を言われ悔しい思いがあった事を語っていた。



..................僕は、急ぎすぎて間違った判断が沢山あったと思う。


調子が良かった飲食業なのに、いつしか引退を考えていた。


少し調子に乗って自分のシフトを減らしたり..........
全く別業界の上に興味も無いのに、儲かるような事を聞きアダルトショップやったり。

結果、本業の足を引っ張られスタッフには迷惑かけた。


そうして、忘れたのではなく、あえて置いてきたモノが沢山ある。


今日は、その置いてきた熱いモノを、もう一度感じさせてくれる良い出来事だった。
 
自分も散々、熱く語り、色々試し、客が増えたり減ったりを味わってきた。

発表のほとんどは、してきた事。

一つだけは、新しい考えに感動した。(正直、プレゼンは上手くなかったが)

それは
『どんな年齢になっても居酒屋を辞めなくて良い会社組織』

いわゆる、
夜の仕事がゆえ結婚したり、子供が生まれる様なキッカケで、辞めてしまう事が多かった。

土日が無い上に働く時間は夜。

僕も二番目の子供が生まれ本当に同じ時間を過ごしたくなり、結局、店を売ったし。


だからこそ、
複数店舗展開後、
野菜作りからセントラルキッチン~配送…のように昼間も働ける部門作り。


    これが実現出来れば、理想だったかもしれないって思った。



いつか、改めて何人ものスタッフたちと同じモノを目指した店をしようと思った。


今年、縁があった陸前高田広田町とのコラボ!

南三陸の食材を使った、いなせな居酒屋!

そんな店をチャンスがあれば実現させたい。