ネオムギ/Neoむぎ茶(松樹千年翠)オフィシャルブログ「ネオブロ」by Ameba -20ページ目

真の完 あとがき

※これはあとがきなので本編ではありません※


前回の完で本当に完です
これはただのあとがきです


美味しい食に対して、色々と考えていらっしゃる美食家の方

いらっしゃいましたら、ぜひあなたの考えを聞かせてください(笑)

←のメッセージを送るまで手紙


真の完 最終回

牛肉を焼いてもらう

それだけでも、


素材の吟味

牛の育成の歴史とその結実

下準備(温度や鮮度管理)

焼く技術

センス・集中力

仕事に対するスタンス

使用する調理機器、方法

etc..


その人の修行の歴史とその結実
(さらにはその師や、多数の同業や、国や世界の歴史)

が内包されるわけです

その上で、口に運ばれた際には、
環境や自分の好みとの相性や空腹具合、気分等様々な要素があって、
飲み込むわけですから、これは楽しい やばい

食の幸福を、洗練の幸福を、感じるのは素敵ことです

本当に?
そうでないものが、例えば今回の自分のジョナサンのように不満になってしまう
でもそれは誰にでも、どんな食生活でも発生する時には発生するのでは?

などとまた考え始めてしまい、頭がおかしいのかと思われかねないのでやめておきます・・

本当の本当に絶対誓って今度こそ完


真の完4

つまり、上等なフレンチのように異なる文化からの新しい発見に楽さを感じるもあれば、
日本料理のように普段食べている素材だからこそ、同じ種類のものの筈なのに段違いの素材・調理の品質であることの差を見せつけられる楽しさもある

食は楽しい
技術と洗練は楽しい

技術と洗練を食べるということは、相手の歩んできた人生や果てしない努力を味わっているということ

美女を食べるのも同じことでしょ?
本を読むのも、ものを教わるのもそう
範馬勇次郎が食らうといっているのもそう

過程があり、その結実はあるのです
裏を返せば
「結実を食らうということは経た過程をも食らうということ」

人生という熟成の歴史を経、努力や成功に味付けされた、相手という人間自身を食らう行為

人生が一度しかなく、自分が一人しかいない人間にとっては
非常に甘美でロマンのある行為だと思いませんか?


自分は食にとても価値を感じます
美味しいものが食べたい
上質なものが食べたい

でも正直エアコンFF8の時の幸福が上だけど

これで真の完

真の完3

食べたい

それは、素材だけでなく、技術をも食べたい

技術とは、焼いたり切ったり握ったりだけではない

例えば、調理せず皮を剥いただけのものであるとする

それでも、最上級の素材を厳しく選りすぐって調達する技術、一番美味しい状態で提供する鮮度管理や温度管理、コースの組み立てetc..さまざまな技術が介入する

伝統も技術
創意工夫も技術

フレンチには、普段家庭で見ないような素材や調理方法や味覚があり新鮮でおもしろい

日本料理には、普段家庭で食べているものをレベル99にしたような素材や調理技術が新鮮で面白い

真の完2

なんで自分が割高に感じるのか?

それは技術介入が無いからだと思った
洗練がない

ファミレスだってもちろん色々多額のコストをかけて商品開発をやってるし美味しいんだけど、それは大量生産なのでちょっと違う
エクスクルーシブの対極

やっぱり修業を重ねたエキスパートによる厳選や技術介入、洗練が欲しい

それらにはとても価値や魅力を感じる
食材原価がコストの第一位ではなくなったとしても、その分以上のものへの昇華を実現させていればリーズナブルにすら感じる

逆に焼肉とかは素人の自分が焼くし、いい肉でも勿体なく思う