【生きたまま毛皮を剥がされる動物、それでも毛皮を着るのか】

[ソウル=ニューシス]キム・ジョンファン記者
酷寒の中、毛皮衣料が飛ぶように売れている。あるデパートの場合、昨年10月から今月初旬まで、毛皮販売が前年の同じ期間よりも、44.3%も増加したほどだ。

そんな中、SBS ‘TV動物農場’が30日“あなたの着ている毛皮の気まずい真実”を伝えた。毛皮を作るために年間4000万匹の動物が屠殺されている実態を告発した。

‘動物農場’製作陣は毛皮製作用の生皮生産実態を取材するために、中国・河北省の毛皮用動物集団飼育村に潜入した。この村はウサギ、キツネ、タヌキ、ミンク等を農家ごとに、少なくは100余匹、多くは1000余匹まで飼育している。

製 作陣によると、活動性が高い野生動物であるキツネやタヌキの飼育環境は極めて劣悪だった。狭い鉄檻の中に閉じ込められている動物たちは、極度のストレスに 苛まれているように、あちこち動き、終わりなく頭を回す、等、深刻な異常行動を見せていた。いつ掃除をしたのかも分からない劣悪な飼育場の中では、極めて 質の悪い餌が散らばっていた。

動物たちの毛皮を剥ぎとる過程は、さらに衝撃的だった。商人はタヌキ一匹を連れてくると、棍棒でめったや たらに殴りつけ気絶させた。続いてすぐに皮を剥がし取った。タヌキが死んだ後に作業をすると、血が固まりながら皮が硬くなって、剥がすのが難しくなるだけ でなく、商品価値も落ちるという理由からだった。

その少し後に、さらに驚愕な状況が展開された。皮をすべて剥がされたとき、タヌキがか ろうじて意識を取り戻したことだ。タヌキは前足を動かしながら、皮を失くした自分の体をみつめながら死んでいった。向かい側の隅の鉄檻に閉じ込められたタ ヌキたちは、同族が残酷に死んで行く姿を悲しい目でみつめていた。このように剥がされたタヌキの生皮は尺ごと340元(約5~6万ウォン)(約4~5千 円)で、売られる。

‘動物農場’がこの日暴露する内容は、数年前、国際動物保護団体‘PETA’が製作、全世界に衝撃を与えた映像で扱われた内容と一脈相通する。

こ の映像は国内でも愛玩動物同好会、等を通して、瞬く間に広がりゆくほど大きな反響を起こした。当時、ある女性歌手が“毛皮映像を見た。母と共に今後、毛皮 を絶対に着ないことにした。”と明かし、‘考えのある芸能人’と褒め称えられた。しかし、この歌手は数ヶ月もたたずに豪華な毛皮コートを掛けてイベントに 現れ、叱
責を受けた。

担当のキム・ジェウォンPDは、“どこまで公開しなければならないか負担に思うことも事実”としながら、 “しかし、いつかはやらなければならないことであり、‘動物農場’でこの間、捨て犬、動物虐待等、衝撃的な内容を継続して扱ってきたと同じだけ、視聴者た ちもよく受け止めてくれると信じ、モザイク作業を通して、最大限嫌悪感を与えない線で動物たちの不憫な現実を映し出す。」と伝えた。

動 物愛実践協会のパク・ソヨン代表は“ミンクのロングコート一枚を作るために、200匹を超えるミンクの毛皮が生きたまま剥がされている。昔は毛皮以外には 寒さをしのぐ方法は特になかったけれど、今は毛皮を凌ぐ代用繊維が多いのにも関わらず毛皮を着用することは、富の誇示や、格好のためだ。”と、指摘しなが ら“死んだ
後に毛皮を剥がすと思っているだろうけど、今回の放送を通して毛皮の獲得方法が知られ、毛皮を着ることが、格好をつけることではなく、恥ずべきことだと気づく契機になることを願う”と、歓迎した。ace@newsis.com

【“TV動物農場” 生きたまま皮を剥ぐ中国毛皮市場 告発】

30年ぶりの寒波で、どの年よりも毛皮の販売量が急増している。これと同じだけ動物たちは、どの年よりも冷たく残忍な冬を耐え忍んでいた。

30日に放送されるSBS‘TV動物農場’(以下、動物農場)では、年間4000万匹の動物たちが毛皮のために死んでいく、残酷な現実を告発した。

‘動物農場’政策陣は、まだ血の気が失せていない生皮が、あたり一面に広げられている中国最大の毛皮市場を訪れた。そんな折、ウサギ毛皮の40%が韓国に輸出されている。この市場にとって韓国の商人たちは、文字どおりビッグな顧客だ。

製 作陣たちは、これらの毛皮が飼育農家から来ているという事実を把握した。飼育農家はひとえに毛皮目的で、劣悪な環境で動物を飼育する空間だ。毛皮動物を集 団的に飼育しているというある村では、農家ごとに100余引きから、多いところでは1000余匹まで、動物達が狭い鉄檻に閉じ込められていた。


特 にここで見たキツネとタヌキの飼育環境は衝撃的だった。極度のストレスで鉄檻の中をあちこち動き、終わりなく頭を回している動物達は、深刻な異常行動を見 せていた。いつ掃除をしたのかも分からない劣悪な飼育場の中では、極めて質の悪い餌が散らばっていた。動物たちのための配慮はまたっく存在していなかっ た。

衝撃的な実態はこれだけではなかった。毛皮を取るためにタヌキを連れて来た商人は、タヌキに過酷な暴力を与え始めた。道具でめった やたらに殴りつけ気絶させたあと、すぐに皮を剥がし取る作業を進行した。まだ、タヌキが死んでもいない、気絶した状態から行う作業だった。この者たちは “時間が経つと、皮が固まってしまい
硬くなって作業するのが難しくなるだけでなく、商品価値が落ちる。”と、生きたまま皮を剥ぐ理由を明かした。


韓国 SBS ‘TV動物農場’ 2011年1月30日放送の特別企画
“あなたの着ている毛皮の気まずい真実”。

タヌキを一匹選び、鈍器でめちゃくちゃに殴りつけて気絶させ、生きているまま皮を剥ぎ取る。
皮を剥ぎ取る瞬間にも、タヌキは生きているのを教えるかのように、首をもたげ自信の皮が剥がされるのを確認した。それを見た商人は、すぐに鈍器でタヌキを殴りつけた。
皮を剥ぎとった後にも、タヌキは生きていて動いていた。

商人は、生きているときに剥ぎ取れば作業が簡単で、艶が残っていると言った。
時間がたつと(動物が死んでしまうと)皮が固まり硬くなって、作業が難しくなるだけでなく、商品価値が落ちると言った。

それから、その姿を他の動物たちが見ている前、まさに飼育農場前で行うと言った。
また、商人は「殺すことは大したことじゃない。」と言った。

ウサギは、他でもない電気衝撃で殺し、皮を剥ぐと言った。
ウサギ、キツネ、タヌキ、犬、猫、トラの毛皮もあると、商人たちは自慢を並べ立てた。
それから、ウサギ、キツネ、タヌキ、ミンクを1000匹以上飼育し、皮を剥ぎ取っていると言った。
また、ウサギの毛皮がもっとも多く輸出される国は、その40%が韓国だと言った。

中国動物保護協会では、「今来ている綿の服でも暖かいのに、何故、動物の皮を着ようとするのか?
ましてや、生きたまま剥がすことは残忍で野蛮的な犯罪行為と変わりがない。」と言った。

“毛皮の真実を知っていますか?”
“毛皮を着るために、どれだけたくさんの命が必要か知っていますか?”

韓「毛皮自体はすべて輸入だよ。韓国の毛皮はないよ。」
韓 「韓国には獣をそんなふうに殺したり、大体、そんな獣がいないじゃない。」

“多様な毛皮輸出国のなかで、もっとも近い中国を訪れた。”

中国の有名な毛皮市場の入り口にさしかかると既に、動物の皮の匂いや、生臭い匂いがするそうです。

中「皮や肉から出る匂いだよ。」
韓 「匂いが物凄く生臭いですね。」

“休むことなくトラックが出入りしていた。”
“男性が連れて行った場所は、うさぎ屠殺場だった。”

中 「全国のウサギをすべてここに集めて、屠ります。」
中 「例えば、ここでウサギを選ぶと、売買が始まります。
  一斤がいくらか計った後、殺し、お金をもらって肉をあげます。」

“皆さん、ウサギの悲鳴を聴いたことがありますか?”

気絶状態で剥がされたウサギの皮たち

韓 「タヌキやミンクはどうやって殺すの?」
中 「ミンク?ミンクは棍棒で殴り殺すよ。」
中 「殺すことが何だって言うんだ。」

キツネのような動物は逃げ出すこともあるので、足首をすべて切断後に皮を剥ぐという話も聞いたことがあります。

“河北省は全世界の毛皮の40%が供給される場所“

この場所で動物たちは異常な行動をみせると言います。

《バケツの上の網に載せられたもの》
韓 「これが餌ですか?」
中 「魚の肝です。内臓みたいのもありますよ。」

《中国毛皮輸出業者》
「最もよく売れるのが、ウサギとキツネです。今年が最高でした。」
「ウサギの毛の場合は、主に韓国に輸出しています。他の国には少しの量だけ輸出されています。」

「あなたが知っている毛皮たち、キツネ、タヌキ、ミンク、ウサギ、ヤギなど、
 すべての動物の毛皮をここで仕入れることができます。」

《現地商人》
「ここは毛皮に関する世界のメッカでしょう。
 どんな皮でも全てありますよ。」

“その自信感の中に、動物に対する憐憫を見つけることはできなかった。”

韓 「犬の毛、これ? 犬だと?これ、何で作ったんですか?」
中 「犬の皮。これも全部、犬の皮ですよ。」
韓 「買う人多いですか?」
中 「多いよ。もちろんでしょう。」

《女性が着ているコート》
韓 「これ一枚作るのに、犬の毛皮が何枚必要ですか?」
中 「これ? たくさん必要だよ。7~8枚くらい。」

《黄色いジャンパーの男が持っている生皮》
韓 「いくらですか?」
中 「340元」(約6万ウォン)(約5千円)

韓 「屠殺して間もないのですか?」
中 「屠殺後、間もないよ。」
中 「これがそのまま着いてるね。」
韓 「重さが凄いのですが・・。重いよ。」
中 「中の油を抜けばいいよ。
中  中にあるものを全部掻き出して。そうすれば、軽くなるよ。」


中 「私たちの技術は良いですよ。殺して剥がすところまで全部して差し上げますよ。」
中 「全て子どもを産んだ子たちですよ。もとは100匹だったのが、400匹まで増えました。」

“棍棒でめちゃくちゃに、顔や首を殴ります。”
“生きているときに剥ぎ取れば、作業するのが楽で、毛に艶が残るというのだが・・


[米国 動物保護団体 IDA]
ウサギのコート一枚  = 30匹
ミンクのコート一枚  = 55匹
タヌキのコート一枚  = 27匹
チンチラのコート一枚 =100匹


★トヨタ「100年の計」、巨大テストコース建設へ-環境破壊に懸念も

  「100年に1度の経済危機」の先を見据え、トヨタ自動車はハイブリッド車などの開発拠点となる
新テストコースを愛知県豊田市の本社近くに建設する計画だ。

  建設予定地は豊田、岡崎両市にまたがる下山地区。山林の合間に水田や湿地が点在し、
ウグイスの鳴き声が響き渡るのどかな里山だ。トヨタ本社からは車で30分ほどの距離。
ここで買収した660万平方メートル(東京ドーム141個分)の土地にコースを建設する。

  県企業庁の角田高行主幹によると、全長6キロの高速周回路や研究棟などが建設され、
将来的には5000人が働くトヨタの研究開発の中核施設になるという。
県内の開発事業としては中部国際空港に次ぐ過去2番目の規模でトヨタは土地代として
約320億円を既に県に支払い、造成費などを含めた総投資額は「1000億円は下らないだろう」と話す。

●環境に悪影響も

  不安要素も残る。建設予定地では環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定される
タカ科のサシバやハチクマなどが営巣していることが、地元の環境保護団体「21世紀の巨大開発を考える会」の指摘で判明した。
このため、昨年9月には土地に手を加える改変面積を410 万平方メートルから280万平方メートルに縮小した。

  工事が周辺環境に与える影響を調べる愛知県環境影響評価審査会委員で三重大学人文学部の朴恵淑教授(地理学)は、
「今後、反対運動が強くなる可能性もある。まれにみる巨大開発なのに世間にあまり知られていないのはトヨタの情報発信が
足りないからではないか」と指摘。「環境に優しい車の開発のために施設が必要なのは分かるが、企業として工事が
環境に与える負荷についての説明責任がある」と話す。

  トヨタは、豊田市の堤工場周辺に5万本を植樹したり、静岡県湖西市の大森工場では野生生物が生息できる
環境を保つ緑や池の区域を設置したりするなど、独自の環境保護活動にも取り組んでいる。 (以下略)

21世紀の巨大開発を考える会
http://www.wild-bird.info/toyota/index.html
◆1945年8月15日・・・

1945年8月15日、日本は敗戦した。
山奥での作業中に年輩の日本兵(教官)が「負けた!」と隊からの伝令を話したまま、呆然と立っていた。
我々(台湾人生徒)は何が起こったのか全く分からなかった。
(中略)
しかし隊長の青ざめた表情は自体の深刻さを表現していた。
しばらくして、敗戦の事実が我々、台湾人生徒にも正式に伝達された。
悔しさと無念の気持でいっぱいになり、溢れる涙で頬を濡らした事を鮮明に覚えている。
無性に悔しかった。
他の台湾出身生徒も同じ心境だった。
しかし、朝鮮出身の生徒達は、その日から食糧倉庫、衣服倉庫を集団で強奪していた。
滅茶苦茶な暴虐・強奪の有様だった。

我々は複雑な心境でそれを眺めていた。
(中略)
敗戦は、それまで1つだった国民を3つの国民に分けてしまったのだ。


◆1945年8月17日・・・

そして8月17日の夕方、連合軍の命令で武装解除が始まり、日本人は復員する事が決定した。
(中略)
しかし日本人がいなくなると、武器倉庫や飛行機etcの警備が出来ない。
そこで連合軍が来るまでの約2ヶ月間、「学校・練習場・格納倉庫・武器倉庫・飛行機」etc・・・全ての軍の施設を我々40名の台湾人生徒が守る事になったのだ。
「朝鮮人は信用できない。だから君達(台湾人)が守ってほしい」・・・そう言い残して日本人上官は去った。
台湾人生徒はこれまでの経験に照合し、了解した。

◆帰国の為に汽車で日本の九州へ・・・

急な日本の敗戦で、私は心の切り替えが出来なかった。
日本兵の軍服で汽車に乗っていた私は、周囲からは敗戦で消沈した日本人に見えたのだろう。
8月15日から急に横暴になった朝鮮人に嫌がらせされた。
座席に置いた新品の飯盒を朝鮮人に盗まれた。
取り返そうとすると、「お前はなんだ!朝鮮人を侮蔑したな!降りて来い!」と、たちまち数人に囲まれてしまった。
一人と多数・・・勝てない・・・。
「ごめんなさい。私の勘違いでした」と謝り、ピンチを逃れる事しか出来なかった。
それから佐世保に到着するまでの30時間・・・朝鮮人は執拗に私と日本人乗客を苛め続けた。
若い女性がトイレに行こうとすると通路を塞ぎ、「次の駅で窓から降りろ!」と命令し、苛めていた。
朝鮮人の酷すぎる情けない行為
を、私は内臓が沸騰するような怒りを感じながら眺めていた。
黙って見ているしか出来なかったのだ・・・。
(中略)
佐世保のキャンプで私は面白い場面に遭遇した。
あの朝鮮人たちが、「中華民国台湾青年隊」の腕章を着けた我々にお世辞を言いながら擦り寄ってきたのだ!
それは中華民国が連合軍の一員であったからだ。
弱者には傲慢で、強者には媚びる・・・。 
そんな朝鮮人の極端な習性を私は目撃したのだった。

しかし、大国の狭間で生存しなければならなかった環境が、そうした民族性を育んだのだから、今更、それを責めても仕方が無いだろう・・・

直江津駅リンチ殺人事件(1945年12月29日)
信越線黒井駅でヤミ米ブローカーの朝鮮人3名が列車の窓ガラスを割って乗り込もうとしたところ、ある日本人乗客に拒まれて乗り込むことができず、デッキにぶらさがって直江津駅まで行った。彼らは直江津駅でその日本人乗客に対し、
「乗降口から乗れないので、仕方なくガラスを壊して乗ろうとしたのになぜ妨害した」と詰め寄ったが、日本人乗客が「窓から乗り込むという方法はない」と反 駁したので、「朝鮮人に向かって生意気だ!ホームに降りろ!殺してやる!!」と叫んで、その乗客をホームへ引きずり出して、パイプやスコップで滅多打ちに して殺害した。朝鮮人3名はその後逮捕されたが、全員逃走してしまい、結局うやむやのうちに終わってしまった。なお余談ではあるが、この種の鉄道内の不法 行為を防止するために、急遽設けられたのが「鉄道公安官」制度である。        
愛すべきニッポンの隣人達 から)