教育今昔物語 | 真夜中の深海Bar

教育今昔物語

最近ニュースを見ていると、
モンスターペアレントたる言葉をよく聞く。

あまり耳に馴染みの無い言葉だったので、少し調べてみた。
いわゆる最近の小中学生の子供を持つ両親が、
必要以上に学校側(特に担任の先生等に)教育と言う名の下、親の義務たる子への躾を依存する事のようである。

ただ、非常に無責任かつ自分勝手な言い分を振りかざすがゆえ、
先生自身が追い込まれ自殺する者まで出てしまう次第であるという。

例えば、
『教育費を払っているのだから、体操服などは学校側で洗濯して欲しい』

などや、

『娘の通学用のヴィトンのカバンに油性マジックで先生に名前を書かれた。
途中で売るつもりだったのに売れなくなってしまった。弁証して欲しい。』

また、

『よそ見をしていただけなのに先生に怒られて、
泣いて帰ってきた。
精神的ダメージを受けたので、慰謝料を払って欲しい。』

などなど。

私達の年代の小中学校時代では到底考えられない現状だ。

私が小学校一年生に入学した時、担任の先生は前年度に6年生を担当しており
そこでの教育方針が抜け切っておらず、でたらめに厳しかった。

かなり年配の女性教師であったが、
血も涙も、微塵ほども無い非情の人物だった。


今から書く内容は全て実話である。


僕の最初の友人に、『T松君』という方がいることはネオブロガーの皆様はご存知だろう。

彼はもっぱら要領が良く優等生。
なんらネタはない。

ただ、そんな人間ばかりではないのが現実。

大半は小1なんて赤ん坊に毛が生えた程度。

嘘が無く、素直で要領なんて言葉を全く知らない。


当時の僕のクラスメートの中に
運動神経だけは、ずば抜けて抜群の

『Uえだ秀樹』

という子がいた。

彼は後に、兵庫県下でも1、2を争う進学高に進む事になる。
しかし、本文での時代設定は小学1年生。
あえて、彼の名誉にかけて一筆加えておいたほうが良かろう。

その頃の彼は、ちびまる子ちゃんの

『はまじ』

のようなキャラであった。

とにかく宿題をしてこない。

怒鳴られても、往復ビンタをされても
おっきい木で出来た三角定規でマジ叩きされて、たんこぶボコボコになり
たんこぶから流血しても、頑なに宿題をしてこなかった。

正直、彼が殴られてる姿を見て、
40人ぐらいいるクラスの大半が怖がり泣き出しても
彼は泣かず、やはり宿題はしてこなかった。

先生も意地になり、
『おまえ!明日宿題してこんかったら、授業中1時間ずっと逆立ちさせるで!』
と、大人気ない公約を与えた。

私は、ま~そんな事を言いながらも
実際せえへんやろ~
と軽視していた。


翌日、1時間目の授業が始まった。

その日は朝から雨が降り、外は暗くじめじめとしていた。

時折、稲光が空を照らし
校庭に咲く木々は、ざわめき歓喜をあげている様にも、怯えている様にもうかがえた。

『きり~っつ!』

学級委員長のT松くんが号令をかけて、一同が立ち上がり先生が教壇に立った。

礼が終わり、座るや否や、

『おいっ!Uえだ!宿題してきたやろなぁ~?』

と、超攻撃的な問いかけを発した。

クラス全員の視線が彼に注目する。

彼は、真っ直ぐに先生を見つめて黙っている。

『耳、つん○゛か~??どないやゆ~とんねん?答えんかい!』

と、教育者とは思えない様な禁止用語をさらっとしなやかに使いこなし、
更に罵声を浴びせ続けた。

しばらく黙っていたUえだくんは、
震えながら蚊の鳴くような声で答えた。
『やってません…』

『は?』
と、かぶせ気味に先生。

『忘れました…』

先生の銀縁、いや、むしろよ~く見たら若干赤茶色銀縁メガネがキランと輝いた。

『われ、昨日の約束忘れた訳やないやろなぁ?』

もう教育者の発言でも何でもない。
第一、そんな約束誰がしたというのか。

小刻みに震えるUえだ君に先生はゆっくりと近づいた。

あと数歩の所から
彼のもとへ、先生はベジータのように瞬間移動し、
反動を付けて手のスナップを生かした
スペシャルビンタを食らわした。

Uえだ君は吹っ飛んだ。

一歩当たりどころを間違えば、大惨事になりかねない状態である。

さすがの彼も顔を紅潮させ、目に涙を浮かべ床にひれ伏した。

でも、涙は流さなかった。

『早よ逆立ちせんかいな~早よせぇ!』

容赦ない先生の攻撃に彼は従った。

掃除用具入れにもたれるように逆立ちしたが、
一度目は失敗して頭から床に落ちた。

教室内が少しざわめき、何人かが笑った。

するとそれは先生の逆鱗に触れ、
笑った者全員が口にガムテープを張られ、
後ろ手にナイロン紐で縛られ教室の最前列の空いたスペースに正座で座らされた。

Uえだ君も自分のせいでそうなった状況を理解し、
とうとう逆立ちしながら涙した。

それにつられて、ガムテープ正座軍団の方々も皆涙した。

恐ろしい事に、その状況はそのまま帰る時間まで続けられた。

幸い、私は机に座って給食を食べられたが、
彼らは私達が食べている姿を見ながら、正座や逆立ちをしていた。

こうなれば、先生はまるで大阪帝塚山でのちに起こる銀行強盗の梅川のようである。

給食時間が終わり、掃除も彼らを無視した環境で行われ、
昼からの授業も終わったところで、始めて彼らのガムテープと逆立ちを解き、
パンを一つ与えた。
あ~書き忘れたが、その前にもう一度全員ビンタされていた。

その後Uえだ君が宿題をしてきたかどうかはあまり覚えてないが、
あの事件はあのクラスにいた全員が恐らく今でも記憶しているはず。

どうやっても消し去る事の出来ない強烈な記憶として鮮明に残っている事だろう。

私が何を訴えたいかと言うと、
あれだけの事をやっても親は何も言わなかった。いや、学校で先生に怒られた事が親にバレるのが怖くて
親には絶対言わなかったので
親は知らなかったというのが正しいのかもしれない。

そこまでやる必要があったのかどうなのかはいささか疑問が残るが、
言葉で理解できない子供には、その当時そうするほか
無かったのかもしれない。


現代の過保護すぎる保護者に一言いいたい。




あんな学校に入れたらあかん。


この文章を掘先生に捧ぐ。


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