久々の投稿になります。仕事に完璧に追われておりました・・

撮影は実際5月と6月の2回に分けて行いました。

日出城自体、学校として現在城跡を利用しているという事、遺構も石垣と

移設された鬼門櫓のみではありましたが、海に面して建つ城としては珍しい

のと、その規模の大きさにひかれて撮影に至りました。

二の丸跡は、二の丸館として再建されて、今は物産館として運営されています。

係員の方も大変親切でしたよ。

当時の日出藩は速見群一体を治めて約3万石。

1石で人間が約1年暮らせるお米の量と捉えてあるそうで、1万石とかだったら、税が4~5割だった当時からかんがみても4000人くらいを抱える単位だったそうです。

なんとも映像でも伝わりにくいかもしれませんが、以前撮影した大分の臼杵城で5万石に対し、ほぼ同じくらいの規模の日出城。もしかしたら九州唯一の木下家、というプライドもあって小規模の増設などしたのでしょうか。

ほんと、規模が大きい城・・。

動画にも紹介しました、国松伝説。藩主の木下延俊は亡くなる前に「木下延由(国松だが公には公表していない)に1万石を寄贈してくれ」と当時の家老、長澤市之亟に遺言しています。

3分の1ですもん。そりゃびっくりですよ。事情を知らない長澤市之亟は延俊が亡くなった後、5千石のみ延由に与えました。ただ、時が経ち、延由の「真実」を知った市之亟は責任を感じ、自害してしまいます。

その後は明治に至るまで木下家のみでの「一子相伝」として、木下家の子がそれぞれ10歳になるまでに「木下延由は豊臣国松」という旨の長い文章を暗唱できるよう叩き込まれ、代々に受け継がれたとの事。

真実か、否か!?

 

ちなみに5月に訪れた際は、たまたま「城下まつり」という日出町あげてのイベントが行われていました。歴史資料館の館長さんが丁寧に国松伝説を教えてくださいましたが、話の最後に、

「信じるか、信じないかは、あなた次第です!」と言われ、

 

(か、館長さん「やりすぎ都市伝説」!?)と脳内で突っ込みましたw

 

このイベントでは、普段は高くて地元の方も滅多に口にできない「城下カレイ」を色々な店舗などで頂ける企画も行われていました。

是非また行ってみたい場所です!

 

★★★勝手ながら、おしらせです★★★

 

私が以前撮った映像が、なんとテレビで使用される運びになりました!

BS11

月曜夜7時~

「歴史科学捜査班」

9月9日放送分「黒田官兵衛特集」

にて、中津城のドローン映像が流れます。

最初、制作会社さんから連絡があった時は、新しい冷やかしか詐欺なのかなとか、真剣に思いましたがやりとりをしていくうちに事の重大さにびっくりした次第です・・

これからも城の映像、届けて参ります!