きいのこ城。
宇都宮氏の居城となった場所です。
居館はもう少し豊前方面に下ったところにありますが。
こんなゲリラ的な城もあるんだと驚愕しました。
なんてたって岩をそのまま正門にしちゃうのですから。
搦手門みたいな裏門も、写真の通りで侵入すること自体困難。


ドローンはドローンでGPSを拾えず、mavicairはanti状態で飛ばすことがほぼできないので裏門を上空から撮るには裏門を登ってしまわなければならない。むちゃくちゃです。でもいつかは撮りたいですね。
山城の良さはここなのかもしれません。
踏破自体困難。
だからこそ攻めにくい。
戦いの跡の息吹がある。

動画でも一部紹介させて頂きましたが、ほんと、中二病かというくらい、えげつない造りの城なんです。周囲は岩の山で囲まれているのでレンジャー部隊でもない限り侵入はできないわ、入口の大手門的な岩の門は、狭い穴をくぐった先には搦手的な入り組んだ造りで矢とかの集中砲火を受けそうだわ、でそりゃ攻め落とすの無理でしょ、てな感じで。

 

最終的には宇都宮家は、黒田孝高に自分とこの鶴姫を差し出すことを条件とか、攻略に手を焼いた黒田家からの和睦に応じて、開城する形になりました。

しかし、和睦の儀自体が謀略。協議に来た宇都宮家をみんな惨殺してしまうんです。

で、鶴姫も後日処刑に。黒田官兵衛も色々な戦いはしていますが、なんというかここまで残酷なのかというくらいの結末を迎えます。

やがて、関ケ原も終え、孝高も隠居し、福岡城に移り、屋敷に身分の低い地域の子供たちを招き入れては庭で遊ばせたりさせたというエピソードを触れると、様々な心境の変化もあったのかもしれませんね。

 

 

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