前回、お城EXPOのワークショップについて紹介しました。
今回はお城EXPOの展示やトークショーについて紹介したいと思います。
お城EXPOはパシフィコ横浜の会議センターが会場でした。パシフィコ横浜には他に展示ホール、国立大ホール、アネックスホールがあります。広い会場なので一度施設の全体図を見ておくのがいいかもしれません。今回はお城EXPOと同じ日に展示ホールで福山雅治コンサートが開催されていました。少し紛らわしかったみたいですね。地下鉄みなとみらい駅から行くと会議センターが一番手前にあり分かりやすかったです。
お城EXPO入口
事前に前売り券を購入しておけばそのまま入口に入れます。
開始時間の10時だと当日券の売り場は少し混んでいたみたいです。入口は2階で展示会場は3階から5階でした。
| 彦根のひこにゃん | 小田原の梅丸 |
3階が一番広い会場で姫路、犬山、彦根、松本、松江の5城と日本百名城に選定された城関連の団体の出展ブース、日本百名城の写真展、書籍・グッズ・お土産の販売ブースが出ていました。沖縄からの出展はありましたが、九州、四国、北陸、北海道東北からの出展はありませんでした。現存天守が4城残る四国から出店がなかったのは残念でした。地元の横浜市からも出店していて、知名度ゼロの新横浜の篠原城の資料を展示してには少し驚きました。全体的に知名度の高い城関連の出展が多かったです。知名度がないが遺構がよく残る城の紹介がもっとあってもいいかと思いました。会場内の市町村、城郭の各ブースにはゆるキャラが多数いました。
書籍は本屋でよく見かける本やあまり見ないレアな本まで千差万別でした。ここで購入したら著者や関係者にサインをもらえるイベントがあってもよかったと思いました。
| 販売ブース | 日本百名城写真展 |
3階の奥の会場では城郭の浮世絵、正保城絵図等の城絵図、40城のお城のジオラマ模型がありました。ジオラマ模型が一番見所があり、想像復元に城や模型化するのに少し怪しい箇所のある模型もありました。40城のジオラマ模型が並んでいるのは壮観でした。
4階会場は小中学生に城の自由研究の優秀作品の展示、現存天守の12城の模型、フォトコンテストの展示がありました。小中学生に作品は意外と奥深い内容を研究していました。
3階のジオラマ模型の一例
| 今治城 | 萩城 |
25日はトークショーに参加できるプレミアム入城券で入りました。この日は6回のトークショーがありました。1回あたり25分から50分で少し慌ただしかったです。プレミアム入城券だとトークショーに拘束されるので展示をみるのは大変でした。時間がある方は2日お城EXPOに行き、1日は通常の入城券でもう1日はプレミアム入城券で見学するのがいいかもしれません。
この日のトークショーで一番興味があったのは「信長が登用した穴太衆とその石垣」でした。穴太衆の末裔で粟田建設15代目の粟田純徳氏の講演です。これまでは先代に粟田純司氏の講演が多かったですが、現社長の純徳氏の講演は珍しいと思いました。
講演の内容は下記に簡単にまとめます。
穴太衆は5から6世紀に朝鮮半島からの渡来人の末裔で石造りの技術を持っていた。
比叡山延暦寺の石垣は穴太衆が築いたものである。
1571年元亀2年の織田信長の比叡山延暦寺の焼き討ちでも石垣は崩れないで残った。
飫肥城の大手門を復興するときに出てきた石垣に穴太衆の名前があった。
これまで粟田家では石垣積みは口伝のみで伝授してきた。特別な道具や奥義はない。
道具は400年前と比べて重機や車を除けば、ロープがワイヤーになっただけである。
1615年の一国一城令で新規の城普請がなくなり石垣積みの仕事が激減する。
他の穴太衆は衰退していくが、粟田家は比叡山延暦寺と坂本の日吉神社の仕事があり、
存続することができた。自分は祖父である13代目に従事して修行した。14代目は父であるが兄弟弟子である。
最後に織田信長の下記の言葉が心に残る名言であり紹介しました。
生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。
しかし、生まれつきの才能がない者は、何とか技術を身につけようと日々努力する。
心構えがまるで違う。これが大事だ。
持ち時間50分のうち粟田氏の説明が半分の25分、萩原さちこさんとの質疑応答があり、
最後に参加者からの質問で終わりました。50分だと少し慌ただしかったです。
| トークショーの会場1 | トークショーの会場2 |
終わり




















