前回に引き続いて、妊婦生活編です指差し






職場では部長と師長、副師長だけが私の妊娠を知っている状態でしたが…



8週目頃、恐れていた事が起きました不安





わたしが働いているのは内科の病棟で、一日数件入院が来ます。
その日は緊急入院が来ることになり、私はその担当でした。入院時の全身状態の確認や点滴の実際、家族からの情報収集とその記録、更衣などをやらなければいけないのですが、周りも手伝ってくれるので大丈夫だと思っていました。


しかし、その入院患者さん…








コロナ陽性だっだ驚き驚き






流石にコロナに感染したらまずいか…?と思っていたら、師長もこういう事もあるからやっぱり公表しよう!という事になりました。

(結局その日の緊急入院は、患者さんと家族には接触せず記録のみ行いました)


ですよね泣き笑い



その時はまだ言いたくないなぁと思っていましたが、コロナの患者さん意外にも様々な感染症をもつ患者さんがいることや老人が多くオムツ交換などの力仕事があることから考えると、やっぱり公表せざるを得ませんでした。





妊娠していることを公表すると、皆さんお祝いしてくれて照れ臭くもありましたが本当に嬉しかったのを覚えています。


オムツ交換も自分の受け持つ患者さんだけで良いよーとか、コロナなどの感染症がある患者さんの対応はしなくていいから身体を大事にしなさい、とみんなフォローしてくれました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいでした泣き笑い





思えば、学生時代も(といっても社会人を経験してからの看護学生なので25歳くらいですが)看護師になってからも先輩たちには本当に沢山お世話になっていました。看護師の国試に受かった時や母が脳卒中になった時、結婚した時など様々な節目でみんなに助けられてきました。
本当に恵まれた職場だなと思います泣き笑い




そして、早めに報告してよかったなと思いました。






人手がない中で自分だけ仕事を免除されているのが申し訳ない気持ちもありましたが、1人での力仕事はやらないようにしていましたし、一通り自分の業務が落ち着いたら座って記録したり。





仕事の日以外の母の介護の日はゆっくり過ごしていました。(週2で仕事、週3で母の介護)
もちろんオムツ交換や経管栄養注入はやってましたが訪問看護、訪問介護、訪問入浴などを利用して手伝ってもらっていました。




自分なりにお腹の子を大事にしながら、お願いできることは周囲に助けを求め、できるだけ自分だけでやらないように上手く甘えながら働いていたつもりでした。






ただ正直、仕事に関しては精神的ストレスはありました。
先輩方にフォローしてもらっているとはいえ、何もかもやらないわけにはいかない…
経済的にも週2日の仕事は休みたくない…
人手も少ないから極力当欠はしたくない…
でもつわりもどんどんひどくなり、起きていられないほど身体がだるい…
仕事の日は自分を奮い立たせて仕事に行っていました。




週2日の仕事が本当に苦痛でした。


 


今思えば、無理に働かなくても良かったかなと思っています…





初期の流産は胎児側の問題によるものが多いと言いますが、私の身体の中にいる以上は少なからず良い影響も悪い影響も受けてたのではないかと思います。




流産の直接的な原因ではなかったではなかったかもしれないけど、赤ちゃんもストレスを受けていたのかなと思うとやるせません。






毎回毎回、懺悔のようになってしまうことをお許しください悲しい










心拍確認の6週4日から、流産と診断された9週4日まではこんな感じでつわりと戦いながら仕事と介護をしていました。







唯一、家にいる時は本当に心が安らぐ時間でした。



夫が何から何までやってくれていました泣き笑い
元々家事は分担してましたが、本当にこの頃は100%夫が全ての家事をしてくれていました。


辛いつわりも夫の支えと頑張りがあったからこそ、赤ちゃんと夫のために…と耐えられたんだと思います。


マジ感謝目がハート







長くなりましたが、妊婦生活についてはこのくらいにさせて頂きます。