今頃は翔様の手術も終わって、すべてのことが明らかになるだろう。
目の前には麗子様。
きっと奥様もそこにいるのでしょう。
残念ながら、旦那さまは居ない。
これたけは絶対。
そんなことをつらつらと思ってしまうのは、唯一人倫敦のアパートメントの一室で音叉を弄んでいるからだ。
もう二度と使うことの音叉。
翔様のピアノの調律をするために翔様に贈られたもの。
決してもう使うことはないだろう。
本来だったら持ってくるべきではなかった。
ボクが倫敦で使っていたのものは全て廃棄してもらった。
もちろん、日本で翔様と暮らした痕跡は一つ残らず。
どこを探しても、翔様はボクを見つけることはできないだろう。
そもそも、ボクの顔を翔様は知らない。
ボクの声はもともと無いから探す術などない。
あの温室はどうなさるんだろう。
ボクたちが出会ったあの場所は、翔様の事だから壊してしまうのではないかと思う。
それは、ボクにとって本望だ。
温室があるかもしれないと思うことは、翔様への未練へとつながる。
ここで、この国でボクがどうやって暮らせばいいかは分からないが、奥様は法外な金銭をボクにくだされた。
何もしないまま死ぬまで翔様のことを思って朽ち果てるのもいいかな。
そういえば、あの欠片はもう色を無さなくなった。
翔様といなければボクの心は死んでいるも同然だから、死んだボクを守る必要はないと【あれ】は判断したのかもしれないな。
ずっとお側にいたかったです。
翔様の目に飛び込んてくる光とともにボクもありたかった。
でも、とボクは思う。
翔様とボクとでは身分が違う。
たとえどんなに愛してくださっても、愛の言葉を紡いでもらっても、ボクはボクという人間の立場ていることが望ましい。
そう……紡いでもらった愛の言葉はボクの胸の中にそっとしまって。
翔様のご幸福をお祈りしております。
って…誰に願えばいいの?
今のボクはよれたシャツを着て窓辺へ座り、外を歩く人を見るくらいしか楽しみはない。
倫敦の人は不思議だ。
誰も傘をささず、帽子を深くかぶって足早に通り過ぎていく。
お国柄というのだろうか?
馬車が水を跳ねながら走っていてもどこ行く風。
こんな国の中で溺れていくのは簡単だろう。
日の本にはもう二度と帰らない。
翔様の活躍を遠くで聞くだけ……。