「翔様!奇跡ですわ!」
突然宝生様が声を上げながら部屋に飛び込んできた。
ボクが点字に訳した巷で言うところの大衆小説をゆっくりと、確かめるように読み上げる翔様のお声が止まり、嫌な雰囲気がその場に走った。
使用人たちはボクと翔様がいる場所には絶対に入ってこない。
至急の場合を除いて。
だから、突然の宝生様の訪れは翔様にとっては面倒そのものだった。
実際に大概が厄介ごとのほうが大きかったから。
「どうかなされましたか?」
「どうもこうもないんですのよ!
欧州でとても腕のよろしいお医者様がいらっしゃって、目を見えるようにしてくださるらしいの!
生まれ落ちた時から目が見えない方には無理らしいのですが、翔様は違いますでしょう?」
「ガセネタでは?」
「いいえ、伊藤様の御息女がその手術を受けて今は目が見えるようになったらしいのですよ。
でも、翔様の言う通り嘘なのかしら?
今度、伊藤様主催の晩餐会にお呼ばれしていますから、その時確かな情報なのか聞いてまいりますわ!
もし本当なら、そのお美しい章様のお顔がもっと華やぐはず。
無粋な色付き眼鏡などしなくて良くなりますものね!」
楽しみにしてらっしゃってね、と宝生様は嵐のように通り過ぎていった。
『本当でしょうか?』
何も言わない翔様のお顔は能面のようで、思わずお尋ねしてみると、
「そういう話は今までにも何度かあった。
最初は一喜一憂していたが、それも疲れたよ。
でも、それが本当なら、俺は愛するお前の顔を見ることができるんだな。
麗子の言うことは当てにならないが、そうだったら嬉しいな」
そう言って、破顔された。
『とんでもない醜男かもしれませんよ?
ボクはそれが怖いなあ。
飽きられてしまうやもしれません。
それに』
「それに?」
『宝生様はとてもお美しい方です。
そして聡明でいらっしゃる。
ボクがお側にいるよりも翔様のお為になるのではないでしょうか』
「何を馬鹿なことを。
俺の愛するものは、お前唯一人だと何度言ったらわかるんだ?
怒るぞ!」
最後の『おこるぞ!』には笑いが含まれていたからボクはホッとする反面、本当にそうであってほしいと願ってやまなかった。
だから、言葉の代わりに跪いて翔様の手の甲に口唇を寄せたんだ。
これが最後になりませんように、と。