「翔さん!私の誘いを断るなんてどういうことですの!」
突然なんの前触れもなく扉が勢いよく開かれた。
しょうさまの枕元で手拭いを絞っていたわれは驚いて手拭いを落としてしまう。
だれ?
きれいだけれどとてもきつい口調で、まるで般若のような顔と出で立ち。
つかつかとしょうさまのベッドに近づいてくるから、われは慌ててその前に立ちふさがる。
「お前はどいて!邪魔よ!」
突き飛ばされたけれど、すぐに立ち上がって両手を広げていやいやと顔を横にふる。
ダメだよ、だれにも弱みは見せたくないと言ってたもん。
そばにいかれたら、しょうさまの具合が悪いことがわかってしまう。
「邪魔だといってるのがわからないの!どこのだれかもわからない浮浪の癖に!」
バンッと音がして、頬が熱くじんじんする。
口唇が切れたみたいで、口の中に鉄の味が広がった。
それでも動かないでいたら、
「なにも言わないなんて‥なんて生意気なの!
そこをどきなさい!だれか!だれかこの子供を屋敷から追い出してちょうだい!」
慌てたように執事さんがやってきて、われの手を持ち、
「奥さまのおっしゃることは絶対ですから」
われの手を引き扉の外に出ようとするから、ごめんなさいと心の中で思いながらおもいっきり突き飛ばすと、しょうさまの方へ走った。
「ん……、潤、俺を起こしてくれないか」
バタバタとしたやり取りの中で目を覚ましたしょうさまは、われの方へ手を伸ばす。
走ってしょうさまのところに行き、身体を起こして背中に枕をいれ、寒くないように肩にかーでぃがんをかけた。
「かあさん、今日は具合が悪くて、あなたのお申し出を断ってしまって申し訳ございません。
このような姿をお見せしてお心を痛めてほしくなかったために朝食をお断りさせていただきました。
大変申し訳ございません。
お時間が許すのであれぼ夕食でもご一緒にいかがですか?
もちろんお嫌でなければですが」
淡々と言葉を繰り出しているしょうさまだけど、すごく無理をしているのがわかる。
背中に回した手がしょうさまの汗でじっとりとしてくる。
もう、あまり話さないで、すぐにでも横なってほしいよ。熱まで出てきてる。
「あら、具合が悪いの?今日は松岡男爵様からのお誘いであなたのピアノをきかせてほしいとの事だったけれど、無理のようね。
そんなみっともない顔をしてピアノが上手く弾けるとは思えないわ。
今日はあなたの自由にしなさい。男爵様との御約束は後日にしますわ」
しょうさまに似たその人は踵を返すと執事さんと一緒に部屋を出ていった。
すぐに背中を支えるようにして身体を横にして貰うと、また、冷たいタオルを額にのせる。
お母さんだって言った。
こんなに弱々しい姿のしょうさまを見ても『大丈夫?』の一言もなかった。
お母さんって、そんなものなの?
われには納得がいかない。
でも、それを伝える術はない。
われの中にもどかしいと言う気持ちが生まれた。