かか……。
とと……。
ねぇね……。
どうしてるんだろう。
すぐに離されてしまったけれど、われにはしっかり顔が焼き付いている。
やさしそうなとと、たおやかなかか、元気いっぱいでよく動き回るねぇね。
もっと一緒にいたかった。
普通の子供みたいに野原を駈け、ご飯だと呼ぶかかの声に家にもどる。
そんな普通なことがわれには許されなかった。
誰も恨む気はない。
嫁御様の代わりだったけど、ただのお世話役……嫁御様が誕生するまでの餌だったけど。
嫁御様が現れるまでは。幸せも不幸せも知らずに生きていた。
それがわれに与えられた使命だったから。
なぜか生まれ落ちたそのときからわかっていた。
だから言葉なんか必要なかった。
誰も話しかける人もいなかったし、われも話しかける人と会ったこともなかった。
岩屋にこもって日々を暮らしていたとき、仲良くなった動物達はすぐに凍りついてしまった。
それがなぜなのかはわからなかったけど、今ではわかる。
あのときわれは【あれ】以外の物に気を取られてはいけなかったんだ。
代わりでも、嫁御だったから。
そしてあの日突然のように村中に響き渡った産声。
盛大な祭囃子。
祝福の中で、われは居場所を失った。
岩屋はわれにはどこからも入れず、ただ、足元に光る鱗のようなもの。
われの使命が終わった印。
日常が日常でなくなった印。
でも、今はそれでよかったんだと思う。
そうでなければしょうさまと会うことは出来なかった。
この運命が待っていたことをあのときのわれに教えてあげたい。
お前はとても素敵な人と巡り会うことが出来るんだぞ、と。
子犬のワルツはとても素敵な音なんだぞ、と。
それ以上にしょうさまは【あれ】とは全く違う【われのかみさま】なんだから。